「三原三千夫の万国博覧会」を見てみました 

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 先日書いた記事「ドラマ派のアニメはもう、それだけで批判の対象? 」で、「宮崎さんの作品は、とにかく画として完成してない場合が多くて、リアルな人間ドラマとか、そんなところにばっかりいってますよね。」、「日本のアニメがそういうふうになってしまっているのは、どうしてなんでしょうかねえ。」というようなことが書いてあるらしいから読まなければ、と書いたWEBアニメスタイルの「三原三千夫の万国博覧会」をさっそく見てみました。
 改めて読んでみると、けっこう目を通してはいたんですが、後半のほうの肝心な部分を読み逃していたみたいです。商業ベースのアニメ制作にも参加しておられますが、アートアニメーション的なスタンスのアニメーターさんなんだということを改めて認識。「特別企画 - 『2005年宇宙の旅』三原三千夫」ということで、WEBアニメスタイルの中で、短編作品を一つ見ることができます。

 以下、連載の中でのオススメを少し書いておきます。

 第20回「ゴリラは憧れ」を見て、普通に絵がうまいなぁと感心しました。…と思ったら、「上下逆さまにして描きました」とか「左手で描いてます」とのことで、なかなかびっくりしました。これはクロッキーとか、かなり人体の素描を重ねた人じゃないと、こんな絵は描けないんじゃないかと思います。
 第41回「20年間もあたり前に思ってきた事も……」は、アニメ製作現場の豆知識的ですね。欧米のアニメーターと日本のアニメーターのトレス台の傾斜がまったく違うというマニアックな話ですが、

 日本は伝統的に、床に紙を置いて、正座して水分の多い岩絵の具や墨で絵を描いていた頃からの連続性で、ほとんど水平の作画机が使用されているんでしょう。戦前の写真を見ると、まったく傾斜のない机で仕事をしているように見えますから。
 片や欧米では、フレスコ画の様に壁に絵を描き、その後、油絵の具でイーゼルに、板またはカンバスを立てかけて、立って、またはイスに座って絵を描いていたので、作画机も自然に傾斜の大きな物が使われるようになったのでしょう。


・・・という考察は面白い。日本画と油絵のそういうところから来るメンタリティの違いとか、美術のほうでは研究してる人がいそうですが、同じようなことがアニメにも影響あるんでしょうか。
 第43回「アニメファンだったボクから」では、同世代の人間として、なるほどと考えさせられました。「好きだったアニメを職業にするにつれて、アニメーターとして作品を観るようになり、正直な話、観られないアニメや観たくないアニメが増えてきたんですね。」としみじみと・・・。「本来アニメーションが表現するべき作品の方向性」を、三原さんなりに考えていることがよく分かりました。

日本のアニメは実写に近いリアルな感じの動きや、ディフォルメの少ない(目の大きなキャラクターはありますが、それは顔だけで全体的なシルエットはむしろリアルな方向じゃないと成立しないみたいですね)キャラクターで、本当はアニメで表現する必要の薄いと思われる人間ドラマなんかを、得意とするわけですけど、それって本当にアニメでやらなきゃならない事なんですかね。


 やはりこの連載の白眉は、こんな問題提起を含む第47回「ショメの仕事のスゴイところ」だと思います。

ショメの仕事を見ていると、もちろんショメの天才と個性によるんですけど、欧米人と日本人の芝居と絵のディフォルメの仕方の度合いの違いに驚くんですが、この違いはなんなんでしょうか。やはり文化的なものの違いなのか、しかし、19世紀末の世界では、歌舞伎や浮世絵など日本の文化の方が、ディフォルメはヨーロッパの文化より得意だった時期もあるようなんですがね。いったい誰がそうしてしまったのか、手塚、宮崎のツートップですか、悪い人たちは。ってもちろん、ジャパニメーションが悪いんじゃなくて、ボクが嫌いなものが多いだけなんですけどね。でも、もっと「絵」として成立するべきなんじゃないですかね、アニメーションなんだし。


 これにはドラマ重視派っぽい私でも、さすがに考えさせられますね。本来アニメーションで表現するのには不向きかもしれない“人間ドラマ”を、あえてジャパニメーションは重くとりあげてきた。――しかしアニメを「あまり上等ではないメディアで、“あえて”」というようなサブカルチャー的な文脈でだけ語られるのは、普通に映像表現としてアニメーションを志しているクリエイターにとってはまったくありがたくないことのようです。「ゴミの最終処分場」という言い方がスゴいですが、「ゴミの処分場だって、おもしろい場所といえばおもしろい場所ですしね、充分に。」ということで、個人としての好き嫌いとそうでない部分はきちんと区別されている点は好感が持てます。
 アニメ史的に言えば、手塚系全盛だったアニメブームの渦中に東映系の旗手として脚光を浴びたのが宮崎駿さんでした。過去記事では、「なるほど、虫プロ系と東映系ですか!」などで書きましたが、WEBアニメスタイルの記事で言えば、アニメ様の七転八倒「虫プロブームとマイナーだった宮崎アニメ」、「宮崎駿と判官びいきのやり過ぎ」「宮崎アニメがイケていた頃」などをご参照いただけるといいと思います。
 宮崎監督が、漫画映画系から文芸志向にゆるやかに路線転換をはじめたのは『ナウシカ』以後でしょうか。好き嫌いや路線の違いはあっても、一芸に秀でればそれで良いとばかりも言えず、それなりに評価はせざるを得ない作家だと思うのですが、ここでは「悪い人」にされるとは。(笑)……ただ宮崎さん自身が、同様に手塚さんを悪く言ったこともあるので、そうやって繰り返されていくものだということなのでしょうか。
 「〜万国博覧会」に話を戻して、「第44回 王の帰還って、本当に王様なんているの?」は一見アニメ業界とは関係ない『指輪物語』の話なんですが、「ボクは王様なんていらない」「脇役は泣きをみるばかり。ことさら大きなナショナリズム、やれおそろしや、おそろしや。」…このあたり、三原さんの人となり、思いのありようがなんとなく伝わってきて、面白かったです。

ドラマや、キャラクター、世界観とファンの求めるものは様々でしょうが、もう少し絵や、アニメーションの技術的なところも観てほしい。色々なアニメーションがありますから、そういう部分にも興味を持って、アニメーション作品を観てもらえたらなと、思うんです。色々なスタイルのアニメーションが、世界にはありますし、絵や人形が動く事自体がかなりオモシロイ事なんですね。


 総論で言えば、第43回でこう書いておられたとおりで、アニメにはいろんな要素があるので、幅広く関心を持ったほうがいいぞ、というのは素直に賛成できる話です。
 昔に比べれば、(こういうクリエイターの声が、私のようなぬるいマニアでも読めるようになったということだけでも、)アニメの作画への関心というのは格段に深まったんじゃないかと思います。私なんかの体感ではむしろ前の記事でも書いたとおり、“ドラマ重視”の視点なんかは、今では少数派なんじゃないかと思っている次第。

「キャラクター >>> 作画 > 世界観 > ドラマ」


・・・残念ながら最近は、こんな感じじゃないでしょうかね〜?(笑)


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[2007/01/15 16:52] | アニメ全般な話題 | トラックバック(1) | コメント(1)
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ドラマ派のアニメはもう、それだけで批判の対象? 

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 WEBアニメスタイルは、特にインタビューもので面白い記事がよく載ってるのですが、宮崎駿監督関連の話題で、興味深い記事がありましたので、御紹介しておきます。

アニメの作画を語ろう:animator interview 三原三千夫(1)  『走れメロス』と『もののけ姫』

 アニメーターになったきっかけは宮崎駿ファンだったからという三原さん。(嗚呼、私と同世代・・・。)「僕らの世代は、『未来少年コナン』や『カリオストロの城』を観て、アニメファンになった人が多いと思うんですよ。」はい、そうだと思います。(『カリ城』の人気は“後からしり上がり”だったと思いますけどね。)しかし入口はそこだったけど、ユーリ・ノルシュテインなどのアート・アニメーションに早い時期に接して「自分の方向が、ある意味曲がってしまった(笑)」と仰ってます。
 これまでの大きな仕事として、1997年の『もののけ姫』を挙げているんですけど「やっぱり宮崎ファンだったんですけど、一時期かなり否定的になってしまって。画がとにかく嫌いに」なったと。キャラが「ふにゃけて」いると。

三原 あと、これも宮崎さんの批判になりますけれど、結局手塚好きだったんでしょうね。それも大きい……。
小黒 宮崎さんが、手塚治虫が好きだったという事ですか。
三原 ええ。手塚治虫を読んできた世代ですよね。だから、手塚治虫のマンガが好きかどうかは別にして、画的な面でその上に乗っかって仕事をしてる。あくまでキャラクターの画についてだけですけど。


 私と同世代でアニメ制作の第一線にいる人には、こういう意見があるんだなぁと、興味をひかれました。「宮崎さんのキャラは、どこまでいってもマンガですよね。アニメーションのキャラクターじゃないと思います。」とまで言われると、宮崎信者じゃないですが、けっこう動揺してしまいました。(笑)
 真面目な話、マンガとアニメのキャラクターの違いってなんだろう、と。
 「宮崎さんの作品は、とにかく画として完成してない場合が多くて、リアルな人間ドラマとか、そんなところにばっかりいってますよね。」、「日本のアニメがそういうふうになってしまっているのは、どうしてなんでしょうかねえ。」というようなことが、以前に連載されていたコラム「三原三千夫の万国博覧会」に書いてあったそうなので、これは見逃してたんですが今からでも読まねばならないような気がしてきました。
 “基本=ドラマ重視”で、その物語の上に、画は乗っけただけってのは手塚マンガが築いた様式だっていうのは前にも聞いたことがあった気がします。(大塚さんの本だったかな。)だけど、そのことがここまで強く批判されるというのには、少しビックリしちゃいました。
 WEBアニメスタイルは、全体的に“作画重視”っぽい感じがあって、こういうのを読むと、逆に自分がいかに「画として完成して」るかどうかがどうでもよくて、「リアルな人間ドラマとか、そんなところにばっかりいって」る人間かということを痛感します。
 なかなか見る機会が少ないんですが、アートアニメーションはアートアニメーションで、何も考えずに見るのは嫌いじゃないんですけどね。(というか、むしろ好き。)
 やっぱり私は旧式なんだなぁと。最近はもう、ドラマ重視傾向のアニメファンというのは少数派なのかもしれないですね。

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[2007/01/14 19:16] | アニメ全般な話題 | トラックバック(0) | コメント(0)
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「アニメーター残酷物語」は都市伝説?(長文!) 

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 ずいぶん前になりますが、日本のアニメーターたちの給料が安すぎるという記事を、ネット上で見た「初めて明らかになった実態」とサブタイトルされた文章をまるまる鵜呑みにして書いてしまいました。
 アニメの話というより、経済の話になってしまった気もしたので、その後あんまり触れなかったんですけど、“それはちょっと違うんじゃないか”、“そういう風聞が一方的に広まってしまって迷惑だ”といったような話を見聞きしたので、ほぼダイジェストみたいな内容になりますが、ご紹介しておきますね。

愛・蔵太の少し調べて書く日記
 「アニメの制作費が安いのは手塚治虫のせい」というのは本当か
 「アニメの制作費が安いのは手塚治虫のせい」というのは本当か・その2

 この最初のほうの文章は、「アニメの制作費が安いのは手塚治虫のせい」というネット上では定説のようになっているものが、厳密には「…という説もある」というのに過ぎないということを丁寧に調べてまとめておられます。
 よく引き合いに出される、宮崎駿による手塚治虫“追悼文”(→岡田斗司夫『おたく学入門』 「手塚治虫vs宮崎駿」)も紹介されています。

昭和38年に彼は、一本50万円という安価で日本初のテレビアニメ『鉄腕アトム』を始めました。その前例のおかげで、以後アニメの制作費が常に安いという弊害が生まれました。


 リンク先にある、この発言の背景へのオタキングの解釈も面白いですね。(「東映動画vs虫プロ」みたいな視点はわざと落として、個人の思い入れみたいな部分をあえて強調しているような気もしますが。)
 それにしても「手塚は何故、…」という部分はなかなか難しい話のようですね。ここでは当時のアニメーターの給料が意外に高かったという指摘のほうが気になりました。

現在と異なり、当時のアニメーターの給与はとんでもなく高く(航空会社パイロット並)、高卒で5年働けば家が建つ唯一の職場と呼ばれていた。
虫プロダクション - Wikipedia
(※「東映動画vs虫プロ」の話もここにけっこう載っていますね。)


 それで「〜本当か」の記事には注目すべきコメントが多数寄せられていて、それらが「〜本当か その2」でまとめられています。東映動画側からの具体的な言及として挙げられている「大塚康生インタビュー」(→amazon)が面白いですね。学歴主義で、中卒の大塚さんが月給6000円のころ、同年代の芸大卒は月給1万円とか。

で、虫プロができて、ダダダーッとみんな東映から抜けていくと、会社は不安のあまり「契約になってほしい」と言ってきたわけです。


…とか。実に生々しい。(笑)

(※参考:東映、虫プロ関係アニメ史の過去記事→「なるほど、虫プロ系と東映系ですか!」、「アニメスタジオの系譜をお勉強」)

 大塚康生が東映動画に入社した昭和31年頃の国家公務員の初任給は9000円程度、虫プロが創設された昭和36年頃の国家公務員の初任給が1万4000円程度…というのが比較対象になっているんだけど、高度成長期の公務員になるのって、今の感覚ほど“いい仕事”感覚じゃなかったと思うんで、多少微妙でしょうか。(しかし、思ったほど悪くないには違いない。)
 ここでは「アニメーターの部門は、宮崎駿さんたちの1963(昭38)年4月採用組を最後に社員採用は中止され、以後はすべて動画を何枚描いていくらという契約採用に切りかえられ…」(大塚康生「作画汗まみれ」→amazon)という雇用形態の変化に注目すべき、「虫プロによる安価でのTVアニメ制作の影響を受けて、東映動画は固定給から出来高制に移行したようですから、無関係とは言い辛いかなぁ、と。」…いやぁ、なるほど!
 宮崎さんの先ほどの手塚批判は、著書「出発点―1979〜1996」にも再録されているんですね。信念を持って言っているわけです、うん。
 紹介されている、このリンク先の記事も興味深いですね。

*昭和32年、東映動画創立。社員570名
*手塚治虫が初のテレビアニメ制作で参入。1話の制作費は本人も安いと認める、55万円。
*東映動画はこの危機を乗り切るため、契約者制度を導入。希望退職やロックアウト、組合員の首切り、下請け合理化政策を行う。つまり、作画・美術・仕上・撮影・音響など、職種ごとに下請けを作る。その結果、フリーの労働者が増え、賃金も安くなる。
健康に生きたい:「誰がつくるの日本のアニメ」イベントレポ


 すごいなぁ。まさに“アニメ史”ですね。(「都市伝説を都市伝説の形で流すのは、それはそれでいいんですが、…」ですか。うわっ、耳が痛いっ!)
 さらに間夫妻応援日記:中日新聞『アニメ大国の肖像』を見て、アトムの一本50万はトリックで、本当は150万、ましてキャラクターグッズのロイヤルティーが「日銭で何百万円」だったという証言を参照すれば、制作費が安かったからアニメーターが薄給だったというのは、まず違うみたいですね。ただそれは虫プロ側の視点の話で、東映側から見れば、まさに“何てことしやがる”って言いたくなるような、死活問題の引き金を引いたということだったのか・・・?
 ここまでが、アニメ黎明期の話。
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[2007/01/12 01:21] | アニメ全般な話題 | トラックバック(0) | コメント(2)
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