「普遍的影響力」と「普遍的価値」

 2007-09-06

→ 時代を超えた普遍性って・・・

 ふっと思いつきで書いてしまった上記の記事に、たくさんのコメントをいただいて、いろいろ考えるための材料をいただきました。本当にありがとうございます。

 日本語とは難しいものだなと思うのは、私が深く考えずに使った「普遍性」という言葉の曖昧さです。

すべての物に通ずる性質。

ふへん-せい 0 【普遍性】 - goo 辞書

・・・?
 よくわかりませんね。(苦笑)

  1. 広く行き渡ること。
  2. すべてのものにあてはまること。すべてのものに共通していること。
  3. 〔哲・論〕〔universal〕(ア)宇宙や存在の全体にかかわっていること。
    (イ)複数の個物について共通に述べられ得る事柄。普通名詞に対応する項辞ないし概念。

ふへん 0 【普遍】 - goo 辞書

 ここでいう1番目の意味とまぎわらしかったんですが、冒頭の記事で私が思っていたのは、むしろ2番目ないし3番目の意味だったような気がします。1番目のは「普遍的影響力」とでも言うべきで、2番目3番目のは、「普遍的価値」とでも言い換えられるでしょうか。

 たかがアニメ如きの話をしてるのに、普遍的価値が云々などと、考えてみれば笑われそうな言い草なのですが、普遍的影響力のほうから言えば、アニメのそれはすごく強いんじゃないかと私は思うんですよ。
 先に“ブームを起こすような作品っていうのは、「時代と寝ている」作品が多いんじゃあないかと思う”と書いたのは、その普遍的影響力のほうの話だったんですけど、それに“時代を超えた普遍性”を与えることが出来るんだろうか、と書いてるときは、普遍的価値についての話をしていたみたいです。(人々への)影響力が、そのまま(存在に関わる)価値ではない・・・というのは、語り始めると明らかに私の手には余りそうな話をしているということに、ようやく気付きました。(笑)

 「時代と寝る」という、ちょっとアレな物言いをした部分については、psb1981さんの日記のほうで、少し話の続きをさせてもらいました。そこのコメント欄での私の話はどうでもいい(笑)んですが、「エヴァと時代性(非普遍性)について、同じく関心を持っている者なのですが、」とお話に加わってきてくださった、ukpalaさんの思索メモは、ものすごく面白くて私は思わず読みふけってしまったので、皆さんにもぜひオススメします。

Ζに関しては寧ろ、TV版はあの時代を切り取ったものでしかなく忘れられるべきものだったはずなのに、その意図に反して普遍性を獲得してしまったからこそ、新訳が作られたのではないか

 話を戻して、これはしののめさんからいただいたコメント。ここでの普遍性は、普遍的影響力でしょうか。でも、psb1981さんが観れば観るほど「腹が減る」とおっしゃったのは、普遍的価値についての話のような気もします。監督の新訳の意図は、普遍的価値のほうだったと私は思っているんですが。難しいですね〜。

 「普遍性があるのなら『マカロニほうれん荘』はもっと多くの人に読まれていると思うですよね。何事もタイミングですわ。」と赤枕十庵さんのコメントをいただいて、なんと懐かしいまんがのタイトルを聞くものかと!(笑)
 そうですねー。『マカロニほうれん荘』って一世を風靡したまんがだったのに、作者(鴨川つばめさん)が調子おかしくなっちゃったんでしたっけ。ラストはどうなったんでしたかねー。

 『マカロニ〜』と来れば、『すすめ!パイレーツ』もですか、h-nishinomaruさん(笑)。たしかにこっちはタイトルだけ覚えていても、内容についての記憶が薄いです。けっこう流行ったんですけど、これもきちんと完結しなかったんでしたかねぇ。

遍くあるということは 作品の特性だけではなく 受け手のすべてにそれを理解する素地が 必要なわけで ブームになった時点、そのリアルタイムではともかく、それが古典になった場合は 大勢に受け入れられたものとして すでに普遍性を得たと考えていいのではないでしょうか?

 のりのりさんのご見解は、至極まっとうなものですね。『マカロニ〜』が古典になり得たかは微妙ですが、『宇宙戦艦ヤマト』なんかは、今ではまさに古典だと思うのです。私が最近、嬉々として観ている『科学忍者隊ガッチャマン』なんかでもそうですが。ただ『ヤマト』なんかだと、『マカロニ〜』とはまた違いますけど、ブームの終わりに苦い思い出もあったり。あのころ、あんなに夢中だった作品が、今の自分には・・・というのも、何だか考え込まされることなのです。

一度名作になっちゃうと、言い換えれば殿堂に入っちゃうと、もうそれは普遍性とは別の括りで賞味されてしまうのかも知れんです。
そんでもって、情報化社会という高速の流れの中で、僕らは「時代ー世代」の交代を、リアルタイムに見いだしたりするのかも知れません。

 たしかに一世を風靡しても、殿堂入りできるとは限らんですね、バルタザールさん。ただ、この間まで私の観ていた『アルプスの少女ハイジ』とか、普遍的影響力だけでなしに、やはり掛け値なしの普遍的価値があるんじゃないかと感じられたことです。

 すみません。「時代を超えた普遍的価値」というものは、きっとある、と私ははじめから思っていたもののようです。ただ、その普遍的価値と、普遍的な影響力との関係はどうなんだろうかと。私がふしぎに思っているのは、どうやらそういうことのようですね。古い作品観たり最近の作品観たり、あっちこっちしてるので、ときどき自分が揺らいでいるのかもしれません。

カテゴリ:随想系 トラックバック(0) コメント(5)

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コメント

「掛け値なしの普遍的価値」という表現は言い得て妙ですね。「掛け値ありの価値」というのは「別の目的のための手段としての価値」で、「掛け値なしの価値」ってのが「それ自体が(万人にとって)目的たりうる価値」ってことでしょうか。であれば、それらは、カント的には「仮言命法/定言命法」に対応し、ウェーバー的には「目的合理性/価値合理性」に対応しているのでしょう。となると、そこあたりの議論がもしかすると参考になるかもしれませんね。うーんでも、ちょっと論点がずれてきてしまうかもしれませんが・・・。
ぼくなんかは個人的には、『トトロ』あたりまでの初期宮崎アニメにはけっこう普遍的価値を感じちゃったりしますが、どうなんでしょうね。
(長いコメントですみません・・)

【2007/09/06 04:53】 | ukpara #Pm75bxFk | [edit]

「価値」という言葉については
こちらが学者の端くれである以上
注意して発言したいところですが

おそらくはイデア的な真・善・美について
おっしゃられているのでしょう

「価値」というのは
価値尺度、評価をするもの・状況
によって変化するのに
普遍性を語るのは困難です

それこそイデアの領域に踏み込まねばなりません。

「普遍的影響力」という言葉は
解釈しようにもイメージがわかないのでノーコメントです

【2007/09/06 10:51】 | のりのり #MUJ7djb2 | [edit]

絶対的なノスタルジア!?

思想用語とすれば、「普遍的価値」は語義矛盾をきたしているのかもしれません。Googleで検索すると、""でくくっても、8万件以上ヒットします。政治用語なのかな。似ている言葉にグローバル・スタンダードがありますが、ときに、反感を示されます。お前がいうな、みたいに(サブプライムも見習え?)。

WEBで読める現代芸術用語集で関係していそうなものをピックアップします。

http://www.dnp.co.jp/artscape/reference/artwords/k_t/nostalgia.html

《絶対的なノスタルジア》……。『ハイジ』には、スイスの場所すらよく知らない、幼稚園児のぼくでもノスタルジアを感じていたので、その感覚は絶対的=普遍的なのです。

《広く行き渡ること》という意味では、最近では、普遍とはいわずに、ユニヴァーサルというような気がします。たとえば、ユニヴァーサル・デザインなど。

【2007/09/06 21:40】 | h-nishinomaru #qvfdBTdk | [edit]

むしろ「普遍的価値」なんて言葉は
哲学とか思想とかで出てくる言葉のような(概念をあやつる世界なので)

世間話とかであれば使う言葉の意味についてはあいまいでもいいのですが、
ある程度、深く議論する場合には
使う言葉には厳密であるべきです。
が、あまりに厳密に使いすぎてジャーゴン(専門用語の村言葉)になってしまってもいけないという

ところで、多数の検索に引っかかるキーワードであれば
何かの用語として使われている可能性があり、誤用を避けるには使うのはまずいということもあります。
…で、どうもやっぱりイデア的だなあ

【2007/09/06 23:40】 | のりのり #MUJ7djb2 | [edit]

言葉が足りずに失礼しました

 自分でも「価値」の方でコメント差し上げたつもりでした。以下重複しますが。

 TV版Ζに普遍的価値(→広く受け入れられるに見合う価値)などないと、富野監督は思っていたのだろうと思います。あれはスポンサーの要求で作った、CCAへの布石でしかない使い捨ての作品だから。自ら発言したとおりの「失敗作」でしかなく、非難され忘れられるべきものだったのだろうと。
 ところが、そんなTV版に価値を見出すファンが現れて、名作だと広く言われるようになってしまった。「何であんなものを若い人は評価するんだ」という感じで、一時期の富野監督はTV版に対して辛辣な発言をされています。
 それが色々あって映画化することになり、富野監督がTV版Ζを見直してみたら案外悪くなかった。それは、富野監督が意図していたものとは違うところに普遍的と思える価値があったということなのでしょう。であればこそ、その価値をそのままにして、普遍的価値などないはずだったTV版の印象を変えてみせようとしたのが、新訳だったのだろうと自分では理解しています。
 自分としてはTV版も新訳もそれぞれに価値があると思っています。ただ、新訳ではなくTV版にこそ価値があると思っている若い世代もいるのです。彼らが見出している価値が普遍的なものであるのかどうかはともかくとして、なのですが。

【2007/09/08 23:52】 | しののめ #aR5DLEYU | [edit]














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