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地球へ… section20 決戦前夜 

[2007/08/28] | 感想系 | トラックバック(1) | コメント(2) | TOP ▲

 ナスカから地球での最終決戦までって、原作ではもっと長大な年月がかかる描写だったんだけど、テレビアニメ版は一気に飛ばすつもりのようですね。オッサンになったキースを描きたくないんだろうか?私はあの渋いキースが好きだったんだけども。(…と、また原作との違いに言及してしまうのであった。 orz)

 どうだったっけかなぁ、もしかしたら載ってたっけなぁとWikipediaを久しぶりに見てみたら、何、この記述の増殖ぶりは?ネタバレありはWikipediaにはありがちだけど、いちおう同意の上で「開く」ようになっているとはいえ、このネタバレ全開ぶりは許容範囲なのかしら?(何となく、記憶の中の印象と若干ずれがあったりするんだけど、もしかして私の記憶にあるのは単行本化される前のものなのかな?)

 何せ、Wikipediaを信じるなら地球での最終決戦はキース45歳だったはずなんだけど、テレビアニメ版の(MBS公式)年表ではナスカ殲滅戦はキース30歳だとか。そういえば今作ではナスカでの戦闘を「最終決戦」って謳いまくってたけど、おかげでその後がちょっと気が抜けちゃった印象があるんで、セールストークも程々にしたほうがいいですね。

 しかしWikipediaでも「原作との相違点」を書き上げてますねぇ。スウェナもそうなんだけど、今回描かれたキースの出世を巡る暗闘なんかでも、SD体制の描写はかなりユルユル。機械的にビシッと揺るぎない完全な管理社会だからこそ、「SD体制の護持なくして、人類の存在はあり得ない」というキースの演説も意味があると思うんですけどね。やけに人間臭いグランドマザーっていうのは、ほんとに根幹に関わる部分でどうなんだろう?

ジョナ・マッカ

 まあ今作は、(善意に解釈して)“キャラクター寄り”っていうことで。今回はマッカちゃんの心理描写とか、わりといい味だったかなと思います。(『マトリックス』みたいなESPの描写はあまり感心しませんでしたが。 笑)

 あと、何だか規制が甘いのはミュウの側も同様で、戦乱のさなかでアタラクシアからノアへ難民が?それもスウェナの娘を話の渦中に持ってくるための方便なんでしょうけど。しかし「ジョミーのママ」(=「レティシアのママ」)ってマリアって名前あったんじゃないですか。エンディングのクレジットは相変わらず「レティシアのママ」ですけどねぇ。そのへん、あまり当初からの構想がしっかりしていないのかなぁという疑惑がチラリと。

 キースの作戦も、首都星ノアで決戦と言ってたのが、テラのある太陽系でにすりかわってる意味は説明がないなぁ。

マードック大佐

 嫌味な先輩のマードック大佐もしつこく出てくるのねー。この先、彼は物語の中で何をやってくれるんだろうか。(スウェナもそうだけど、この未来世界でメガネってのは一種のファッションなのかなぁ。)

 今回の最後のヒキは、レティシアとジョミーのママのピンチってところで。漠然と“ミュウ”というものを考えていると気持ちの悪い異分子なんだけど、いざ身内がミュウだと言われると、手のひらを返したように、「たとえこの子がミュウだったとしても、それが何だって言うの」になっちゃうって感じですかね。レティシアっていうか、ジョミーのママをわざわざここまで(やや無理してまで)引っぱってきたんだから、この続きはどんな話を考えているんだろうか。

 原作も終盤はいくつかのヴァージョンがあるようだし、劇場版はまた違ったし。だいたい劇場版も公開当時はかなり評判悪かったし。ずいぶん群像劇の要素を強くした今作が、最後、パズルのピースがピッタリとハマるように納まってくれればいいんだけど、と。かなり不安ですが、まだ決して期待は捨ててはいません。(それはそれとして、時代を隔ててリメイクされたこの作品が、今回はどうしてこうなっているんだろうかという点は、“時代”を考える上で、気になっているところではあるんですけどね。)

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コメント

> 管理社会

竹宮恵子さんの熱心なファンでもなく、今回の「地球へ…」も観てないのですが、個人的に「面白いな」と思うのは「管理社会」という設定ですね。

「管理社会の描写がゆるい」とのことですが、多分、今って管理社会という設定に、あまりリアリティが無いんだと思います。

たとえば、今連載している漫画なんかも、かつて流行ったヤンキー漫画あたりと違って、反発する対象の不在=大人社会の機能不全からくる子供同士のバトロワ状況の方がメインになってます。(尾崎豊が死んで何年経つことか)

で、最近流行った「女王の教室」や「ドラゴン桜」というのは、むしろ大人が子供に対して現実認知を徹底させることで、バトロワ的無秩序空間に暫定的な秩序をもたらす、という、なんかそんな話だと思います。

かつて「地球へ…」が描いた古典的な管理社会像に、今、リアリティを与えられない、というのが、スタッフの悩み処かもしれません。

と、観てもいないのに語ってみましたが、どうでしょう。

> それです!それ!

まさにそのへんの話なんです。
スタッフは悩んでいるというよりも、今どき“管理社会”にリアリティを感じないまま、問題意識のないまま、作品を作っちゃってる気がするんです。
そこをスルーしちゃうと、ただの“キャラクターもの”になっちゃうんでね。古いものを持ち出してきたなりの何かを打ち出してほしいなぁという、欲張ったことを望んでいるですね、私は。
おかげで少し分かりました。ありがとうございます!

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レビュー・評価:地球へ……/Section20 : 決戦前夜

品質評価 28 / 萌え評価 21 / 燃え評価 8 / ギャグ評価 9 / シリアス評価 20 / お色気評価 4 / 総合評価 15レビュー数 142 件 ミュウとの全面対決に向け、着々と足場を固めていくキース。 テラ政府の首都惑星、ノア。 その惑星に戦時体制下の激しい嵐が吹き荒れる中、...
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