この国はどうなっていくんでしょうかね。
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これはやられた!って感じです。
自分が怒られたような気がしちゃいました。essaさんが「今の若者には『未来』が無いんだ」っていうのは、私たちの世代にはかろうじてあった気がする“未来への希望”が、それ以後の世代の人たちにはすっかり失われてしまったってことなのかなぁ。(ちなみに私はessaさんのおっしゃる長期院の選挙権はもう無くなっちゃいました。そうしてみると、けっこうショック!)
そんなあたりのことはもう、自明のこととして、次の話をしておられる気がします。そうなのかー。“今の若者”も理解していなかったし、自分がすっかりと年寄りの仲間入りしてることも、あまり深く自覚していなかった!
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・・・また読まなきゃいけない本が増えてしまった。
404 Blog Not Found:書評 - 若者を食い物にし続ける社会
先の選挙については、とにかく結果云々以前に“何で憲法より年金なんだ?”というあたりが私にはよく分からなくて。そういう話なのかどうか私には読解できていないけれど、まだ選挙権のない子どもたちのことを考えた大人は(皆無ではないだろうが、圧倒的に)少なかったのではないかということは、つくづく思っているところでした。
で、結果を見ても、私の感覚では少なくとも、今度の選挙ばかりは、これまでにも稀なぐらいのすごい投票率の高さでなければおかしかったはずでした。つまり私の感覚は、世の中の主流からは猛烈にずれている!(笑)
この本、読んでみないと納得いくかどうか分からないんですけど、とりあえず大人が若者を“喰い物にし続け”てきたのかどうかについては、私には疑問です。たとえば近年の非正規労働者の増大は、若者を踏みつけにし始めているとは思います。市場原理で行くと、弱いものが踏みつけにされるのは、仕方ないんですよね。そしてそれをカバーしようという公共性の発想も機能しないのであれば、弱いものは団結して強くなるしかない。
だけど、「われわれ」と「ぼく」と「ニュータイプ」の話じゃないけど、そういう感覚は失われて久しい。よくあるちっぽけなナショナリズムで、擬似的に「われわれ」感覚を煽るよりも、だから“若者よ、喰い物にされていていいのか”と煽るほうが、今日的にも適切なのかもしれないとは思います。でもね。
そう。たぶん今、境界層あたりにいる私から見えていることで言うと、私にはどうしようもない無力感はあるけど、それはまだ絶望感ではないです。それがもう少し年代が下がると、絶望感が出発点になってしまうのかなぁ。でも、私から見える範囲にいる若い人たちには、驚くほど優秀な方が多い気がしてるんですけどねぇ。
選挙の結果を見ていると、少なくとも安倍総理に政権を担当する能力はない、ということぐらいは、誰が見てもハッキリと分かることのようです。もっとハッキリしたことは、そんな安倍氏が総理の座に居座るというのは、自民党には他に人がいないということで、つまり自民党そのものにも政権を担当する能力はない、ということなのでしょう。どうも今の政治はよく分からないですけどね。
“公共心”ということを教えなくてはならないということを、政治家の皆さんは言っておられるようです。その認識は正しいと思うんですが、彼らが考えているやり方はおかしいような気がしています。既成の価値観をそのまま教え込もうというのが間違いなんで、“公共”ということを自分の頭で考えることの大事さを教えなくちゃならないんじゃないかと。
今度の選挙での自民党の負けっぷり、民主党の勝ちっぷりを見ていると、かえって不安になるところがあります。安倍総理というのは隣国との敵愾心を煽って人気取りをした政治家でしたが、彼がもっとカリスマを備えた有能な人間だったら、ヒットラーにでもなれたんじゃないかと。そのぐらい、今のこの国の民意なんてものは、どうにもこうにもいい加減なもののような気がしてしまいます。
が、そこで絶望してしまうのではなく。“誰かが考えてくれるさ”というのが全然あてにならないということを、真剣に考え直さないと、“マジやばい”という現実は、もう少し真剣に直視しなければならないんじゃないのかなぁ。
明治期の大変革をぐいぐい引っぱったのは、若者たちだったんですよね。私は“高齢者”のほうに線引きされるようになってしまいましたけど(笑)、自分の無力さもつくづく実感していますけど、でもまだまだ絶望はしていませんよ。うん。そのためにも、もっと“今の若い人の気持ち”を理解できるように努力しなきゃなりませんね。
追記:
この話の続きはこのへんです。
→ 世代の話と『イデオン』が残した終末願望
追記の追記:
文中で言及した本の読後感想はこちらです。
→ 『若者を喰い物にし続ける社会』感想メモ
大雑把な感想としては、現状への問題提起としてはまずまずですが、出されている対案が荒っぽくて、悪く言うと週刊誌のネタ記事を読んでいるみたいでした。
コメント
とりあえず
で、私もそろそろ、胸張って「若い」って言えなくなってきた年代ではあるんですが(笑)。
今の若い世代が抱えている絶望感を、どうお伝えすれば良いのかな、と悩んでみたり。
バブル崩壊後の経済の低迷を眺めてきて、とにかく経済成長すればOKという価値観が信じられず。
受験勉強の末、良い大学出たのに就職できず、「努力・向上すれば報われる」という価値観が信じられず。
9.11とイラク戦争など、西欧とイスラム社会の対立を見せ付けられて「イッツァスモールワールド」な世界中仲良しな未来が信じられず。
環境問題を小さい頃からさんざ聞かされて、技術向上による右肩上がりの明るい未来像もなく(一時期、21世紀と言えば車がチューブの中を走ってたりする明るい未来像が語られてましたが、最近見なくなりましたよね?)。
とにかく、戦後の日本を支えていた希望の未来像が片っ端から信じられなくなった時代を生きてるのが今の若い世代なので。
かといって、オウム事件以降のカルト宗教のお陰で宗教も信じられず、連日報道される殺人事件のお陰で隣人も信用おけない。
そりゃ絶望もしますよ。
>だから“若者よ、喰い物にされていていいのか”と煽るほうが、今日的にも適切なのかもしれないとは思います。
この感覚は若い人たちにもあるんだろうと思います。
惑星開発委員会さんが、少年ジャンプ連載の『DEATH NOTE』に仮託して言っていたのがそういう事なんでしょう。今や若者もいつ食い物にされるかわからない、同年代の間でもイジメとか色々あっていつとって食われるかわからないサバイバル空間で。
その中で、「なら俺が自分のルールを作って成り上がってやる」という気分が時代の空気として出てきた、という事ですね。「新世界の神になる」という、この作品の主人公の気持ちにある程度若い世代も共感していたのかもしれません。
またガンダムSEED放映前後、ガンダムブームが妙に盛り上がったのも、ゲームなどへの露出が増えた事のほかに、やはりそうした「戦場」な気持ちに共感する部分が多かったからなのかも知れません。
ご無沙汰しています。
ただ囚人さんの記事を拝見してふと思い出したのが、「機動新世紀ガンダムX」最終話での
「道を示すべき大人は沈黙し、平和と豊かさの中で僕らは何かを求め続けていた」
という一節でした。印象的な台詞が多い話ですが、中でもこれは棘のように心に刺さっているものです。この台詞を聞いた時点で、自分は既に「大人」だったのですから。大人という概念自体、既に昔と今とでは違ったものになってしまったような気がします。80年代前半のアニメには確かに大人が居た、でも85年のΖで大人をやってくれない大人が描かれて、今ではアニメに大人が殆ど居ないような気がする。そんなことを考えてしまいました。たかがアニメですけれども、「されどアニメ」という言葉で育った世代ですし。
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[創作]このエンジンは人の絶望をエネルギーにして動くんだ
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