「カテジナ日記」読後感想のようなもの
[2007/07/26] | 随想系 | トラックバック(0) | コメント(2) | TOP ▲
富野アニメのファンなら、皆が目ン玉ひんむいて読んでいた(と私は信じている)psb1981さんの偉業「カテジナ日記」がひとまず完結をみられた模様なので、長期にわたり、眼からウロコの落ちるようなすばらしい考察を読ませていただいたことに、お礼を申し上げたいと思います。
私は器量の狭い人間なので、基本的には“自分の目で見て感じたことが全て”と思ってしまうほうなのですが、この連載には脱帽しました。はじめは“こういう見方もあったのか”と感じていたものが、だんだん自分もそういう見方を無条件で前提にし始めていたのには、ほとんど驚きに近いものがありました。今となっては、『Vガンダム』という作品は、「カテジナ日記」の読後印象抜きで考えることはできないのではないかとさえ思えます。
もしかすると、このVガン世界で唯一正気であり続けようとしたのはカテジナだったのかもしれない。だが、マトモが成立しない世の中で、マトモを貫き通そうとした彼女はいつの間にか狂気の側に居た。
カテジナ(そしてクロノクル)という潔癖症の“優等生の挫折”の物語として見はじめると、Vガンって急激に目を離せないドラマに思えてきます。私の中にもカテジナさんがいるし、私の周りにもまさにカテジナさん状態で「いつも世界から一人浮いてる気分で、寂しい想いを抱えてる子」がいる気が。
そうして感情移入して考え始めると、じゃあカテジナさんはどう生きればよかったんだろうって、胸が苦しくなってきます。シャクティは卑怯ですよね。何だかんだ言って、生まれついてのお姫様だもの!
そして、
このあたりを何度も咀嚼しなおして考えてみたりしています。(以前にも少し考え始めてみてはいたのですが。)
でもキエルもね!ディアナと瓜二つ?そんな“持って生まれた”もので!?
…と思わず言いたくなってしまうのが、残酷に言えば、教養主義の「心貧しく何かを求め続ける」気持ち、「身の程知らずの上昇志向の落ち着きのなさ」なんでしょうかね〜。(ふぅ〜…)
シャクティとカテジナ以上に、ソシエとキエルなんてのは、姉妹であり、もともと紙一重の差であるわけで。
そりゃいろんなことが一緒くたになって
「わーーーーーーーーーっ!!」
…って、叫びたくなりますよね。
ただシャクティよりキエルのほうが、すんなり来るかな、と思えるのは、キエルは“自分”を消してディアナを演じることで、うまく行っているってことはありますかね。
あと、ターンエーですごく素直に成長したな、と思えるのは、最後にはグエン卿を見限って自立してみせたリリ・ボルジャーノであったり、同じく最後にはジョゼフを尻に引いてみせたフラン・ドールであったりするのも面白いところかもしれませんね。これらの男どもはそろって野心家であるところとか。あと、フランの声はカテジナさん=クインシィ・イッサ=渡辺久美子さんだったりとか。
で、それらの女性の中で、とりわけソシエだけが哀しいのは何であるのかとか。
私はVガンは、それでもやっぱり“傑作”とはいい難い作品だったと思いますけど、psb1981さんのおかげで、重要な問題作ではあったと認識を新たにすることができました。今さらながら、これがあったからこそ、『∀ガンダム』は作られたんですね。
これからも「カテジナ日記」は、折に触れて読み返させてもらいたいと思います。
コメント
ありがとうございます
途中面倒になった時もありましたが、なんだかんだで結構楽しく書いていた気がします。作品について文章を書こうとすると、集中しながら観るので、いろいろ発見もありますし、自分が何を面白いと感じているのかも整理がついてくるようです。ただ、いかに自分の日本語が不自由か、というのは痛感しましたが…。とにかく、Vガンとカテジナの魅力が、少しでも誰かに伝わればこの企画(?)は成功だったと思います。
ところで、この「カテジナ日記」、実は囚人さんの「Vガンダムの感想はまとまりません 」というブログでの記事と、それに対するコメント欄でのやり取りを元に「書いてみようかな〜」と決めたので、こちらこそお礼申し上げます。それがなければ書きませんでした、実は…(笑)。
最初の段階だとカーシャ(イデオン)みたいにならないかと危惧していましたが
夜中の夜明けを境に変化したな、という印象があります
価値観が完成されている主人公の変わりに成長するキャラクターとして
オデロを受け継いだのかな、とも
思っていますが、さて?
ハイム家は比較的理想的な親子として描かれていたのが、親の匂いを感じないロランとの対比にもなっていたと思います。家族(特に娘たち)みんな自分の都合を考えているんだけど、それが嫌味にはなってないレベルですんでる。
ーー
クインシィはね、同じ境遇(姉弟だから当然)の勇がいたのが
カテジナと違った部分なのだろうと思います。
ウッソも勝手な親の犠牲者ではありますが、少年であるがゆえにカテジナと同じ悩みを共有するだけの余裕がなかった。
クロノクルも分不相応な立場を与えられてしまってカテジナを支えられなかったし。
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