“Made in Japan” 今昔
ネットをうろうろしていて、昭和30年代には、“Made in Japan”というのは「安かろう悪かろう」な粗悪品の代名詞だったというのを読んで、はっとしました。まあ今で言えば、あちらの方には悪いですけど、“Made in China”というのに私たちがついつい持ってしまうような感じですかね。
これ、もうちょっと前だと“Made in occupied Japan”(占領下の日本製)なのですよね。サンフランシスコ講和条約が昭和27(1952)年ですから。
日本製品が大幅に販売を伸ばし、海外の市場に浸透していったのは昭和30年代中ごろから昭和40年代前半にかけてと言われてるんだそうですが、でも“Made in Japan”というのが「安かろう悪かろう」というイメージを脱し、逆に「高品質」という信頼を獲得していったのには、「円高」の円相場が影響していたんだそうです。戦後は長い間1ドル=360円の固定相場制が続き、昭和48(1973)年に変動相場制に移行、昭和52〜53(1977〜78)年には、一時1ドル=180円を突破。
1ドル=360円だったのが半分の180円になってしまえば、それまでと同価格で売っていたのでは収入も半減してしまいます。なので同じだけ利益を稼ぐには、価格を2倍にする努力が必要であり、そのためには製品のクオリティを上げて、付加価値を高めるしかないってことで、「高品質」の製品を作ることに日本人はシャカリキになった、ということなんだそうです。なるほどなぁ。
このブログ的には、こんなものを読んでもアニメの話になっちゃうんですけど、日本のアニメが“世界に誇れるコンテンツ産業”だとか言い出したのなんて、ほんの最近の話で。アニメこそは粗悪そのもののような存在だったんですよね。特に『鉄腕アトム』(昭和38年)以降のテレビアニメは。
『宇宙戦艦ヤマト』の劇場版第一作の公開で“アニメブーム”と言われたのが昭和52(1977)年ですよね。『Star Blazers』とか言って、西崎さんが熱心にアメリカにも売り込もうとしていたのを、「変なことをしているなぁ」と思って眺めていたのを覚えています。当時人気絶頂だったピンクレディも、たしかこの頃、アメリカ展開を目指していましたね。何だかそういう時代だったんだなぁ。
あんまりまとまらない話ですが、アニメが「安かろう悪かろう」な粗悪そのものの存在だったということを、私ぐらいの世代でもほとんど知らないか、忘れかけています。アニメ史的には内製システムが崩壊した昭和40年代後半に誕生したサンライズなんてのは、制作管理スタッフだけを正社員として「玩具の商品化を企画の出発点とした制作スタイル」を採用するなど、見事に粗悪な会社だったんですね。(「オリジナル作品が多いのは、当初は漫画原作の版権を得るための予算を捻出できななかったことによるもの。」)・・・だから富野監督や高橋監督なんかは、「安かろう悪かろう」だった頃のことを、どれだけ忘れたくても決して忘れられないでしょうね。
今じゃ品質も向上したし、そんな話どうでもいいじゃないかという向きもあるかもしれないんですが、本当にそう言い切れるほど、“Made in Japan”のアニメを巡る状況は良くなったんでしょうか。結局は大量生産、大量消費されているアニメというもののありようを見ていると、やっぱりどこまで行っても“下位文化”(いわゆるサブカルチャー)なんだなぁと思います。
ただ私の世代より少し上(おたく第一世代?)ぐらいまでは、「安かろう悪かろう」は承知で、あえてその中から志あるものを見出して愛でていたんですよね。(今じゃ、そういうのは「Otaku is dead」なのかもしれませんけど。)
だからもうアレなのか。そういうのは“プロジェクトX 挑戦者たち”とか、“ALWAYS 三丁目の夕日”とか、そういう世界の話なのかな。ふむふむ。
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