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「まんが映画」が「アニメ映画」になっただけ、じゃないもの? 

[2007/06/23] | 随想系 | トラックバック(0) | コメント(0) | TOP ▲

550 miles to the Future: ■後ろ向きに、80年代■

550 miles to the Future: ■続・後ろ向きに、80年代■

 尻上がりに共感してしまったので、これも備忘録としてメモしときます。近い世代だからなんだろうな、とは思いますけど。

  • 80年代前半というのは、ちゃんと大人が文化をリードしていて、僕らも大人に期待していたのだった。
  • 80年代初頭、『ガンダム』劇場版公開ごろは、まだアニメのことを「まんが」と呼ぶ同級生がいた。

 「映画化」されることに「逆転の美学」を感じた、とかね。なるほどなぁ。鳴り物入りでブームの渦中に飛び込んできた角川アニメ『幻魔大戦』の違和感は、「大人の力で、アニメ文化に社会性を持たせる」というベクトルだったんですかね。あれは本当に微妙な体験だったです。何か違うと思った。私が思ったのは、あれには「逆転の美学」がなかったってことだったような気がするんだけど。一回見直してみようかなぁ。

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 この頃の富野監督のインタビューでも、なんかこの作品を意識してるようなコメントがありましたよね。でも私は『逆シャア』をノリノリで観に行ってましたから、アニメが「映画」になろうとあがいた頃を知らずにうかうかと過ごしてしまった一人ってことになるんだろうと思いますけど。

  • うっかりしていると「病んで」しまうのがアニメなんだ、と認めるようになった
  • 80年代後半は、OVAという映画ともテレビともつかない媒体が栄えたため、アニメはますます「映画」から離れていったように思う

 たまたまなんですけど、私はテレビアニメはあんまり見なくなったけど、OVAを買うほどのマニアでもなくて、でも劇場公開されるアニメはけっこう見てたような気がしますね。

アニメで「ドラマ」「物語」を見せるには、劇場版をいきなりつくるしかない。暗闇でいきなり90分なり120分なり見せるしかない。

 これは今でも本当はそうなんだろうな、と思います。で、人々の求めるものが、ついにそこにはないって状況も、言われてみれば昔から変わってないのかも。・・・「アニメは映画になれなかった」(ここでいう「映画」とはフォーマットではなく、社会的ポジションのこと)っていうのは、そういう意味では“悲観”でないかも。

 で、そういう意味では、富野監督なんかは往生際悪く、まだ悲観しきってないのが、私なんかには嬉しいのかもしれないです。じゃあ宮崎アニメは映画になれた?なれなかった?そこらへん考え出すと、当時も今も難しいですね。
 「まんが映画」が「アニメ映画」になっただけ、じゃないものって何なのか。
 宮崎さんや押井さんは、テレビの仕事をしないことで映画監督ですってスタンスだけど。

 私は廣田恵介さんみたいに昔っからしっかりした視点なんて持ってなかった人でしたけど、「こんなはずじゃなかったのに」、「それは挫折を知らない人たちと少し感覚が違うのかも知れない」って感覚は、何となく分かります。
 藤津亮太さんが「こんな状況はそろそろ終わりだ」ってことで、次世代を担うアニメ作家の顔ぶれをずらっと挙げてくれてますけど、このへんの人たちが「アニメは映画になれなかった」挫折を知ってくれて、継承してくれる人たちであってほしいなぁという願望を何となく持っています。

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