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現実逃避・・・ 

[2007/06/02] | 随想系 | トラックバック(0) | コメント(2) | TOP ▲

 「アニメで現実逃避はよくない!」って、よく言われるんですけどね。

 ほんとに、逃げ出したくなるような現実って言うのはあるわけで。というか、逃げっぱなしでそこに篭りっきりになることがよくないんじゃないかと思います。
 けど、そもそものことを言えば、逃げたいと思って逃げ切れるぐらいの現実だったら、いっそ楽だなぁと思ったりなんかしますね。人によってさまざまだろうから、一概には言えないところがありますけど。

 私はアニメに逃げているのかどうかはよく分かりませんけど、そんなところへ逃げたって、現実はちっとも見のがしてはくれないってのは間違いないですね。借金取りさながらに、どこまでだって追っかけてきますとも、ええ、ええ。
 ただ、私がアニメでけっこう救われてるっていうのは本当だと思いますね。

 私はおかげで、まだそれほど深刻じゃない(と自分では思ってる)んだけど、「逃げちゃダメだ!」っていうの、本気で心身を病んでいる人に向けては絶対にいけない言葉なんですよね。
 逃げられるところがあるんなら、どこでもいいから逃げなさい。どうしてもそこで頑張ろうとしちゃうから、壊れていっちゃうんだ。あなた自身にとってかけがえのないものは、何よりあなた自身なんだ。・・・ということをベタに言ってくれる隣人だっていてくれないと、ちょっともたないですよ、実際。

 どれだけの人が本当に心身を病んでしまっているのか。どれだけの人が、現実でちょっとつまづいただけで目前の現実を放棄して逃げ回っているのか、そこも私にはよく分かりません。後者の人はかわいそうだと思いますよ、だって私の知る限りでは、絶対に逃げ切れませんもの、残念ながら。
 私にとって問題なのは前者に近い人、現実にかなり追い詰められちゃってる、言ってみれば生き方の不器用な人だと思うんです。ギリギリのところまで踏ん張っちゃってるから、一度ぐらっと来ちゃうと逆に留まることができずに「俺はダメだ!」って全否定モードに入っちゃうんですよね。
 だから、そうなる前に一時退避する場所、踏みとどまるための足場、そういう安全弁を持っていることっていうのは大事だと思うんです。従来であれば、それが家族だったり、親友だったり、そういう人間関係で支えられてきたんだと思いますが、なかなかそのあたり危うい状態というのが今は無視できないと、私も痛感します。
 そうしたときに、とりあえず自分自身で持っておくことができる安全弁というのは、まずは“趣味”だと思うんです。現実とは切り離されたところにある自分自身の趣向。心身を病んでしまいそうな人には、何でもいいから趣味を持つといいですよ、と薦めると思うんですが、そういうものの一つとしてアニメが機能する分には、それは悪いことではないんだろうと私は考えます。

 「よくない!」状況というのは、だからそれはあくまで一時避難所でしかあり得ないんだけど、あたかもその中でずっと生きていけるかに思わせてしまう仕掛け方なんでしょう。(そのほうが、ビジネスとしては有効だったりするから、たちが悪いですね。)
 しかし、常に現実に向けて出口が開いている、というのは、描写がリアルだということとも、また違うような。(“仮想現実”は、その中で充足しきってしまうためにも機能します。)

 なんだってアニメの中毒性は強いのかってこともあるんですけど、それよりも、アニメがどうだったら(どういうアニメが)一時避難所として有効に機能するのかということも思います。世間の多くの人にとって、それが宮崎アニメだったりするのかなぁ、などとも。(一般論はよく分からないことが多いです。私は富野アニメ中毒っぽいですけどね。)
 でも、一時避難所ぐらいいいじゃないかっていうのも、微温的な現状肯定だって言われるんですかねぇ。

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コメント

> 実体験で言うと

まさに、僕が精神的にきつくなった時に富野作品に興味を持つことで死ぬのを先延ばしにして救われたと言う事があるので、コメントします。

僕にとって、アニメとか(脳内恋愛)っていうのは逃げ込める場所であると同時に、その、宇宙船が惑星に落ち込んでからスイングバイをして加速するような、そんな燃料のような物ですね。


だから、アニメとかも、現実の自分が現実の中で利用する物なので、そんなに罪悪感を持つ必要もないと思うんですよね。


ただ、現実主義者の人には、それすらも現実から目を背けていると言う風な寂しさを与えがちなので、おたくは「現実のあなたの事も見てあげてますよ」というそぶりをしてあげないといけないんじゃないかなあと思います。
テクニカルな処世術のような物ですか。
まあ、そんなに簡単にいかないんですけどね。
むしろ、美しすぎるフィクションと普通の自分を比べてフィクションに寝取られる感覚を抱くのが問題な気がします。
趣味と私とどっちが大切なの?とか言う人とか。
みんな寂しいんですかね。


それと、なんとなくナウシカの原作版の終盤の図書館を思い出しますね。

> アニメとかも、現実の自分が現実の中で利用する物

そうだと思います。本当に崖っぷちの人は、そのぐらいのことは自分でちゃんと分かってるんです、本来は。
気になるのは、例えば風邪引いたから風邪薬飲んでたら、「薬なんか飲んでるってことはお前は病人だ。だから薬なんか飲むのはやめろ」みたいな、少しおかしな責められ方が、笑い話じゃなくて、世の中にはよくあるんですよね。
効能書きがアニメにはないから、自分に効く処方が分からなくて、つい必要もないのに口当たりのいい薬を飲みたがるようだと考え物だとか、問題だとすれば、そんな程度なのかなぁと思ってみたり。
なんだか世間から苛められそうなことを言っちゃってますけど。

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