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『ザンボット3』中盤戦―さぁて、どう戦い抜くかな? 

[2007/05/16] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(1) | TOP ▲

 第6話までの感想を書いて以来、黙っちゃってましたが、挫折はしておりません。見ております。今、18話まで見終わったところです。最近、軽くですけど鬱気味なんで、重いの苦しくて。(笑)

  1. さらば! 我が友よ
  2. 廃虚に誓う戦士
  3. 危うし! キング・ビアル
  4. バンドック現わる!
  5. 決死の爆破作戦
  6. 誕生日の死闘
  7. 果てしなき戦いの道
  8. スカーフよ永遠なれ
  9. 海に消えた老将
  10. 人間爆弾の恐怖
  11. 星が輝く時
  12. アキと勝平

 ようやく神ファミリーのことを世の中も少しは認めてくれるようになってきて、あの香月も勝平への憎しみを解いてきたんですけどね。うーん、休む間もなく“人間爆弾”というところですよ。うぐぐぐ・・・。

「人のいないところへ行くよ。最期ぐらいカッコつけさせてくれよ。えっ、えっへっへへ・・・。」
「どうせ、父ちゃんも母ちゃんもいなくなっちまったんだ。俺だってすぐに母ちゃんとこへ・・・。」
「・・・・・・お、俺、いやだ。母ちゃんも父ちゃんもいないところで死ぬなんて。一人で死ぬなんて!・・・イヤだぁ!!・・・イヤだぁ!!」
「誰か止めんか!爆弾になったものを人様のいるところへやるでない!」
「イヤだぁ!!怖い!怖いんだ。父ちゃぁん・・・父ちゃん、母ちゃん、怖いよぉー!母ちゃん、助けて、助けてよぉ!何でも言うこと聞くからよぉ!母ちゃぁん!父ちゃぁん!」

第17話「星が輝く時」

 この作品を見ていて驚くのは、これだけ息苦しい物語を続けていても、ロボットものの“鉄壁の方程式”とでもいうか、かなりの力技で活劇としてはほとんど停滞させていない気がするんですよね。だからこそ、なんていうか、これこそは、ものすごく確信犯の“黒トミノ”なのではないのかと。(あの『Vガンダム』だって、もう少しためらいみたいなものがあったような。)

戦争とはああいうものです。そういうものを隠しておくのは、子供にとても悪い事だと思います。

 “人間爆弾”について、富野監督はこう仰っていたそうですが。・・・悩みます。悩むんで正解なんでしょう。

 神ファミリー周辺の戯画化されてはいてもシリアスそのもののエピソードと裏腹に、馬鹿馬鹿しいまでに馬鹿馬鹿しく描かれる“キラー・ザ・ブッチャー”周りのギャグ表現とか、こういうのもスポンサーサイドから要望があったんでしょうかねぇ。こっちがね、むしろ胸糞が悪くなります。
 ここには現代戦のリアリティなんてこれっぽちもないですし、このへんを見ているだけでは、“悪”の権化である敵に対するやり場のない怒りが沸いてくるわけなんですけど。

 さすがにね、半泣きですよ。ダイナミズムのある“活劇”として、破綻はしていないと思えるから、なおさらです。・・・さぁて、どう戦い抜くかな?(ぐっすん。)

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コメント

>

ガイゾックの恐ろしいところは
神ファミリーの戦力が各戦闘においては上回っている様子が伺える段階で、

より大きな戦力を投入するのではなく、質の違う戦法に移行したことにあります。
実際は別に神ファミリーのことを意識したわけではないのでしょうけどね。

しかし、ザンボット3の戦闘力ではどうにもならない戦法だと言うのが恐ろしい。

この手の作品は他にないわけじゃありませんが、ロボット作品では少ないでしょう。
分かりやすい例えでいけば、エヴァンゲリオンで物理的な戦闘力から精神戦へ移行したみたいなものか。

イデオンも重機動メカをイデオンに匹敵する戦闘力のものにするだけでなく
パイロット自身(精神など)に攻撃をかけるものであったり、
逆に小回りの利く小型の機体を使って苦戦させたりするようになりましたが。
1stガンダムにおける「ニュータイプ」同士の戦いも似たようなものかも>戦闘の質の変化

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