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【わたしの失敗】富野由悠季さん 

[2007/05/15] | 御大 | トラックバック(0) | コメント(0) | TOP ▲

 もうこのブログの読者の皆さんは、ほとんどご覧になってると思いますけど、一応ご紹介しておきますね。

(1)意図伝わらなかった「Z」

「Zはアニメで大上段に高飛車なことをやろうとしすぎて、意図が伝わらなかった。“おもちゃ屋の宣伝番組”で、そこまでやるか、ということ」
「第一作の時には自分の技術がまだ低かった分、ある意味、虚心坦懐(たんかい)にキャラクターと向き合っていたのかもしれない。それに対してZは『作為』です。俺には作れる、と思ってしまったんでしょうね」

(2)独立して崩れた自信

虫プロでの駆け出し当時を振り返って「強迫観念ですね。特に最初の三年間は一秒たりとも気が休まらなかった記憶がある」と話す。
その努力の末に得た「自信」が、フリーになって「うぬぼれ」と分かった。

「世間には怖い才能の奴がいるかもしれない。そう想像したら部屋から表に出て仕事をするしかなかった。そこで何回も向こうずねをひっぱたかれるような目にあわないと、自分の技術なんて上がるわけがない」

(3)路線転換図るも…監督降板

この経験は生きた。二年後に総監督を務めた「無敵超人ザンボット3」では、「企画の段階から局とスポンサーに対して『まず要求を全部言ってくれ』と。戦闘シーンは何分要るのか。武器は何種類出したらいいのか。人の言うことを全部聞いた上で、自分はその中にどこまで劇を入れられるのか。その実験をやったんです」。

(4)「ロボット物」との戦い

「スポンサーの言うことを全部聞けば、おもちゃを売るために話の四分の一は戦闘シーン。これでは刺激が強すぎて、作品として異常なんです。だから過剰な物語を入れることによって、物語と戦闘シーンを五分五分にしたつもりだった」
自らの作劇をそう振り返るが、一方で「観た人の中には戦闘シーンが残らず、意外だが『劇』だけが残った」。主人公が最後に自閉して精神崩壊する「Z」などの作劇を「子供にとって余りに過剰な物語だった」と反省する。同時に思う。
「物語は、おもちゃ屋さんが思うほど甘いものではない。なぜこのことがいまだに分かってもらえないのか」

 2年前の産経新聞に掲載された富野特集。(1)は当時新訳Zが進行中だったこともあって、『Zガンダム』当時の回想。(2)は時代を遡って虫プロ時代からフリーになった頃。(3)は『ライディーン』の途中降板から『ザンボット3』という時代。(4)は『Vガンダム』以後と、ロボットアニメについてのまとめ。

 時系列で整理しなおすと(2)→(3)→(1)→(4)になります。「私の失敗」という話なので、読んでいるとつらいものがありますね。「挫折」と「強迫観念」だらけのアニメ人生。(笑)
 「人の言うことを全部聞いた上で、自分はその中にどこまで劇を入れられるのか」の実験というのが面白いですね。今見てるところですけど、『ザンボット』は本当に“これでもか”だものなぁ。本当は、『ガンダム』も打倒ヤマトの実験みたいなところがありました。
 イヤだった続編『Zガンダム』を作らざるを得なくなったことも「強迫観念」を募らせたのでしょう。「Z以後、あのまま思いの丈だけを深めていったら、きっと僕は鬱病になって終わっていたと思う」という“思いの丈”はそのまま強迫観念に通じますね。

 そんな富野監督が、「これも高飛車なのかな」と苦笑できる境地を手にしてくれたことは本当に嬉しいです。しかし、自分でも「過剰な物語」と反省しているのには、思わずこちらも苦笑いしました!

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→ 囚人022の避難所 tag:富野由悠季

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