スポンサーサイト 

[--/--/--] | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) | TOP ▲

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

“民衆”の対義語―『逆襲のシャア』の場合。 

[2007/05/14] | 随想系 | トラックバック(1) | コメント(2) | TOP ▲

アニメは麻薬か?―『機動戦士ガンダム』の場合。

 この続きです。zsphereさんの書かれた「カオスの縁 ――無節操日記 -  ガンダムと家とか、あと色々」については、“ロマン的な美化に酔うな、けれどシニカルな批判だけで勝ち誇るな”ということですかね、という趣旨で一度書いたんですけど、“「民衆」とはどういうものか”というh-nishinomaruさんの投げかけが面白かったので、もう少し考えてみたくなりました。

 zsphereさんからは、現実逃避の《阿片》としても機能しかねない危うさを承知で、矛盾を抱えながら創作するアニメ監督たちの姿についての回答があったのですが、そこにh-nishinomaruさんは「《富野監督が為政者に向けた批判》の内容に疑義を呈したのです」とコメントしておられて、話はすれ違いでしょうか。ただ私には、この微妙に咬みあわない話が面白いです(笑)。

現実逃避の最たるものは、「考えた気になって終わってしまう」こと

・・・なんてのは、私の耳のほうが痛い話だものなぁ。で、話の続きが咬み合うのか咬みあわないのか、さてさて。

■“民衆”の対義語

 「民衆→大衆」というwikipediaの転送に従うと、対義語にはまず“知識人”があげられるんですね。「ニュータイプとか人類の革新とか、そんな問題は地球の端っこで大根洗っているおばちゃんにとっては、どうでもいい話」ってのは、まさにそこのところの話だと思います。
 富野監督のインテリ観っていうのは、『聖戦士ダンバイン』での上級フェラリオの描かれ方なんかは、まさに高等遊民って感じで、かなり批判的に見ているんじゃないかな、と私は思っています。(余談ですが、それにしても「プロレタリア」もそうですけど、今や「インテリ」は死語となり、「ハイソ」と混同され、果ては「セレブ」に置き換えられているなどと聞くと、あにはからんや、何をかいわんや、ですね。)

エリートはもともとラテン語で「神に選ばれしもの」のこと。神に選ばれるというのはキリストに代表されるように人のために死ぬ用意ができているということであり、結局、自分の利害得失と関係なく自分以外の人や物事のために命を捨てられる人、を意味する。従ってラテン語でのエリートとは人について使う言葉であって、地位とか階級に使う言葉ではない

エリート - Wikipedia

 しかし、これなんかを読んで『ダンバイン』のショウたちのことなどを考えると、彼らは“インテリ”ではなくて、語源的な意味での“エリート”なのかな、と思います。『逆襲のシャア』の例で言うと、同じニュータイプでも、シャアはインテリ的だったかもしれないけれど、アムロは上述のような意味でエリート的だったとは言えないでしょうか。あの作品の弱いところは、シャアがああした馬鹿げた行動をとった原因はいろいろ語られているけれど、アムロは受動的に見えてしまって、それに立ち向かわねばならなかった積極的な理由が充分に語りきれなかったということかな、と。『星の鼓動は愛』は、(ミライさん絡みの描写など)そのあたりの反省を踏まえて描かれていたような気がしますね。

「しかしこのあたたかさを持った人間が地球さえ破壊するんだ。それをわかるんだよ、アムロ」
「わかってるよ。だから、世界に人の心の光を見せなけりゃならないんだろ」

機動戦士ガンダム 逆襲のシャア

機動戦士ガンダム 逆襲のシャア 機動戦士ガンダム 逆襲のシャア
北爪宏幸 (2001/03/25)
バンダイビジュアル
この商品の詳細を見る

 一部の“神に選ばれたエリート”が「世界に人の光を見せる」などというと、抵抗があると思うんですけど。それでもこれは、自分個人の生活を豊かにしたいというだけじゃなくて、社会全体を少しでもより良いものにしたいという志、公共性についての意識の問題ではないんだろうか、と思います。こうした部分を積極的に読むことが果たして、“「生と死の極限状況をロマン的に構築してそこに安住」するだけの現実逃避”への有効な処方箋になり得ているのかどうかは意見が分かれるところかもしれませんが。(こんなことを「アニメ屋」にやらせるな!ということも富野監督は仰っておられますよね。)

 こういうことを考え始めると止まらないですね。たぶん、もう少し続きます。(笑)

追記: 続きはこちらです。

今日の危機は何か―『∀ガンダム』の場合。

関連記事

この記事のはてブ はてブの数 livedoorクリップ クリップ数 Webスカウター情報

permalink | トラックバック(1) | コメント(2)

[tag] 富野由悠季 fc2ファビコン 逆襲のシャア fc2ファビコン ダンバイン fc2ファビコン エリート fc2ファビコン

TOP ▲

コメント

>

知識階級の大半は(その両親が学費を捻出するだけの財産を持っていたとしても)
知的労働、精神労働を行うことで生産活動に従事します。

この点においては肉体労働者と同じく
労働力を資本家に提供することで賃金を得る労働階級です。

もちろん、学問を修めている知識階級としては貴族階級などの「持てる者」も含みますから単純ではありませんが。

「持てる者」はノーブレス・オブリージを果たさなければなりませんが、
「持たざる」知識階級の者も、高等教育を受けたという時点で、社会に対するなんらかの義務は負うべきでしょう。

日本のように
学問輸入を目的とした後進国型の大学を設置された地域であれば、特に。

(いや、教育機関としての大学とその学生の質が変わってるのは重々承知なんですが)

> ゆえに

「インテリ」なる語は死語扱いなのでしょうね。何のために何を学んだのであったやら。
「社会に対するなんらかの義務は負うべき」まさにそのことかと。

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://zmock022.blog19.fc2.com/tb.php/833-8b740ec6

[アニメ]ララァから遠く離れて

囚人022さんの、『逆襲のシャア』のラストシーンに関するエッセイ囚人022の避難所 “民衆”の対義語―『逆襲のシャア』の場合。にお返事をするつもりで筆をとったのですが、少々、話しをズラしてしましました。 囚人022さんの議論を、ぼくのことばに換えてしまうと、シャア
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。