ロマン的な美化にも、シニカルな批判にも「?」
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ああ。やっぱりzsphereさんだ。(笑)
実際の戦争ではありえない情景であっても、末端の兵士の見解を持った者と、戦争全体を指揮する立場の者とが互いの事情と言葉をぶつけ合う。『Zガンダム』以降のガンダムはそういう場へと変わっていきました。
富野監督の関心は、「行けって言った奴が何をやったのか」という問題へと移ったのです。
前の記事でも私としては考えて書いたつもりだったんですけど、こう読ましてもらうと、こちらはすっきり明晰で、「なるほど。どうして自分はこう書けないのかなぁ」と思っちゃいますね。
“極限状況をロマン的に美化して、それに浸って酔ってるだけ”に陥ることを警戒せよ、というのもよく分かります。〔例示が特に分かりやすい。(笑)〕
そうですね、大根洗ってるおばあちゃんみたいなの、『星の鼓動は愛』のラスト近くにもいましたね。「そもそも日々の生活で精一杯で、人類の革新がどうのこうのとか言っていられない」人たちの視点が欠落しがちなのは、でも、ロボットアニメやガンダムに限った話ではない気もします。(例えば、“インターネット”で言えば、こんな話とかですよね。)
リアリズムの本質は「見なれているために実は見ていないものを見させること」、リアリズムは「たんに風景を描くのではなく、つねに風景を創出」し、「それまで事実としてあったにもかかわらず、誰も見ていなかった風景を存在させる」(→柄谷行人『日本近代文学の起源』)というのを読んでへぇ〜と思った話は以前にちょっと書きましたけど。
実写とアニメで何が違うかといって、実写では意識しないものでも映像に入っていることがあるけど、アニメでは意識しないものはまるで映像にならない、みたいな話(どこで読んだのだったかは今は失念。思い出せたら補記します)も以前に読んだことがありました。そんなこんなが頭の中でぐるぐると。(笑)
観念的なもの“だけ”を描くことや、現実的なもの“だけ”を描くことでも充分難しいと思うのですが、近年の富野監督の作品は、それらを超越的に一つの作品の中で結びつけることを、真剣に問題としている気がします。
なんだろうなぁ。ロマン的な美化に酔うなって話もあると思うんですけど、たとえば『アナハイム・ジャーナル』のアナハイム元会長インタビューですか。シャアを批判するのは理論的に正しいし、だからアナハイムは常に勝ち組だった、でいいんです。けど、架空とはいえ軍需産業で大儲けしたアナハイム会長が、こう、シニカルな物言いをしたと想像すると、私はやはり不愉快。(←これ、吾ながら、いわゆる「ネタにマジレス、バカジャネーノ」状態。)(笑)
だってアナハイム会長が言ったんじゃ、貧民とはいえ広く薄い市場でしかなくって、隕石で潰しちゃ商売にならんだろ(だからシャアは馬鹿だ)という批判になっちゃうじゃないですか。――で、シニカルな批判だけで勝ち誇るな、って話もあるんじゃないかと。
だからこそ∀ガンダムのように、“「生と死の極限」ばかりでない、多面的な戦争を描く事”は意義深いんですよね・・・。
[2007/05/10
01:55]
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