『明治大正史 世相篇』 (ただし15分の1) 

[2007/05/08] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(0) | TOP ▲

 久しぶりに読書日記。面白いんですけど、なかなか読み進まないんです。十五章もあるのに、まだたったの第三章。でも最後まで読み終わった頃には、最初のほうのことを思い出せなくなっちゃうかもしれないので、ここまで読めた分だけですが、面白かったところをメモしておきます。

明治大正史〈世相篇〉 明治大正史〈世相篇〉
柳田 国男 (1993/07)
講談社
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 「自序」を見ると、「昭和五年十二月」とあります。その時点から、明治大正の世相を振り返ってみるという視点なのですが、世相と言っても事件とかそういうのではなくて、まさしく人々の暮らしぶり、衣食住のことが書かれています。が、これがどうも「えー、そうなの?」と言うようなことが多くて。現代人である私が、この国の“伝統”などと思っていることのいろんなことが、ひどく怪しくなってきたのが実に興味深かったです。

日本は元来はなはだしく色の種類に貧しい国であったと言われている。

(染物師と禁色)

 たとえばこれ。えー、色を表す日本語は豊富だって定説だと思ってたけど、って思いませんか。

  • われわれは色に貧しかったというよりも、しいて富もうとしなかった形跡がある
  • われわれは色彩の多種多様ということに、最初から無識であったんではなく、かえってこれを知ることがあまりに痛切であるために、忌みてその最も鮮明なるものを避けていた時代があったのである

 その天然の“禁色”が失われ、ケとハレが混乱し、まれにしか出現しなかった興奮の意義を軽く見るようになって、現代人は、「少しずつ常に興奮している。そうしてやや疲れてくると、初めて以前の渋いという味わいを懐かしく思うのである」。(現代人と言っても、昭和はじめの、なんですがね。)

 “園芸”の起こりや、麻と木綿の話、“ヨウフク”、靴と裸足と下駄。いずれも面白いんだけど、紹介するのが難しいですね。下駄屋は比較的新しい商売で、江戸期の末になって商品の種類を増やし、明治になって突如生産量を加えた。ケにもハレにも一度も公認されたことのない履物なのに。そして藁沓、藁草履は衰え、ゴム靴の進出が止めを刺した。

個々の農家においてはまた一つ、金で買うべき品物の数を加えたのである。

(足袋と下駄)

 こういうの読むと「!」って思うんです。「人が独立して各自の必要品を、考ええなかった」って言われると、なるほどなぁと。

そうでないまでもこの世にはすでに消え去ったる昔の音が多く、今なお存在してやや幽かに、もしくはこれより新たに起こらんとするものがあって、あるものははなはだ快くまたあるものは無用にしてしかも聞き苦しく、最も美しいのは必ずしも高く響いているものではないということを、知らしめるだけでも一つの事業であろう。

(時代の音)

 第三章まで書くつもりが、第一章だけで終わっちゃいましたけど、第一章はおおむね“衣”で、第二章が“食”、第三章が“住”で、尻上がりに目から鱗な話がたくさん。なんだろうなぁ、徒に感傷的なのでも懐古的なのでもなく、本当に生活の実相のところから、見つめようとしているところが面白いんですかねぇ。“昭和初め”から見た“明治・大正”を、また平成の今から読むというのが面白いんでしょうかねぇ。
 ちっとも上手に説明できなくってすみません。まるきり自分用なんですが、また気が向いたら続きを書いてみたいと思います。

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