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「一人の観客」の「自分の言葉」 (2) 

[2007/02/17] | 随想系 | トラックバック(0) | コメント(0) | TOP ▲

 前回、「一人の観客」という立場のことを書いたのは、そもそもは先日、とある方から、私がこのブログで書いていることは「対象のくどくどしい要約に終わっている事が多い」という、省みれば実に正当な批判をいただいたので、趣味のブログとはいえ、もう少し考えておくべき問題について、自分なりに整理しておく必要を感じてのことでした。
 対象の要約ということに関しては、具体的に対象となるその作品を、見たことがある人だけを念頭に置いて文章を書いているのか、あるいは未見の人も含めて書くのかという問題もあって、「誰に宛ててでもなく書いている」ということの難しさは、そういうところにもあるわけです。見終わった後、しばらく時間が経っても自分が覚えていることは、互いに承知のこととして書くことを省いてしまったり、あるいは、言葉にすることで自分なりに「覚えておきたい」と思ったことを書き留めているのだったり、そこには自分の基準しかないので、読む人にとってはかなり不親切なものになってしまっているのでしょう。未見の人に対して対象を的確に要約しておみせするというのは、明らかにスキルの巧拙にも関わることであるので、この点はもう少し自覚的に整理できればいいと反省されます。
 前回の記事では、こうした具体的な著述技能の拙劣さという反省が、何を思って書くのかという心構えの問題とごちゃまぜになってしまったので、備忘録として記しておきます。

 アニメ作品の場合では、このように未見の読者を想定するかどうかという問題があるのですが、インターネット上で読ませていただいて、感じたことを書く場合には、そのページのURLへリンクを張るというごく簡単な操作で、その対象自体を読者自身の目で見て判断いただけるというのはありがたいことです。ただ例えば前回のように、個人的に屈折した心情を抱えた記事の中から、お会いしたこともない他の方の文章を読ませていただいて感動したことを書くというのも、相手の方にとってあるいは迷惑である場合もないではないので、nanariさんからそれほど不本意でもなかったように受け取れるコメントをいただけたことで、このコミュニケーションはそれほどひどい失敗ではなかったと安堵することができました。
 前回の繰り返しになりますが、「七里の鼻の小皺」というブログを読ませていただくと、nanariさんが好ましいものとして取り上げられている対象のいくつもを知らなくても、そこで何かを得たような気持ちになることができます。それは、もちろんnanariさんの選ばれる言葉そのものの美しさの力もあるんでしょうが、仰られたように、自分個人の愛、「自分の言葉」を大切にしておられていることが伝わってくるからなのだと思うのです。

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