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私が思う『∀ガンダム』の「怖さ」 

[2007/02/07] | 随想系 | トラックバック(1) | コメント(3) | TOP ▲

PSB1981の日記 - 本当は怖い∀ガンダム(ターンエーガンダム/富野由悠季)

よく「癒し系」とか「観ると元気が出る」なんて言われる∀ガンダムなんですが、これ私も大好きです。初めて観たとき、やっぱり感動しました。
ですが、これある意味ではめっちゃ怖い話なんですよ。気持ち悪いと言ってもいい。

 psb1981さんが、興味深い問いかけをなさっているので、何となく頭のどこかに引っかかり続けていて。別に、考えがまとまったわけではないんですけど、思い浮かんだことをほわほわと書いてみます。

 『機動戦士ガンダム』(いわゆる“ファースト”)について、劇場版はダイジェストなんで、TV版を観るのがホンモノだという人がよくいますよね。人それぞれなんで、それはそれでいいんですが、私は富野由悠季という作家の作品としては、劇場版三部作のほうを、はるかに重要視したいと思っている人です。
 で、ターンエーについてなんですが、私は劇場版の『地球光/月光蝶』をTV版より先に見てしまった人なんで、印象もそのまま「劇場版>TV版」だったりします。これも少数派の意見っぽいんですけどね。そのへんによっても話が変わるかもしれないです。

 「癒し系」ということで言えば、私がこれ以上なく癒されるのは『ブレンパワード』で、それに比べると(劇場版でもTV版でも)『∀ガンダム』は、見ていて緊張します。
 「怖い」ということを、キャラクターに着目して言っていくと、たしかにターンエーのキャラクターにはブレンの人たちのような“ゆるさ”がないという印象を、私は持っています。キャラクターだけではなくて、ストーリー全体に言えることかもしれないですけどね。ストーリー的には、そこがターンエーの“完成度”の高さだと思うんで。特に劇場版では、極限までそぎ落とされた作劇が、実に見応えがあります。
 富野アニメの“ラスト3話ぐらいのテンション”(笑)っていうのがあるんじゃないかと思うんですけど、『∀ガンダム』劇場版は、始まった瞬間からその緊張の糸が、一本ピーンと張っているような印象があって、ちょっとしびれました。これは劇場版だからそうなんだろうと言えなくもないんですが、ファースト三部作やF91、あるいは新訳Zではそうでもなくて、あえて似たものを挙げれば『THE IDEON(接触篇/発動篇)』以来かなぁ、と。(あくまで個人的な印象の話。)
 それに比べると、同じターンエーでも、TV版では糸の張り具合には少し強弱があって。ただ、ストーリーとして練り上げられ作り込まれている感じは、やはり富野アニメの中では出色なのではないかと思います。(私も、間違いなく「傑作」だと思います。)

 ここで私が“キャラクター”と言っているのは、造形の絵づらのことではなくて、彼/彼女らの“情”のようなことなんですが、『∀ガンダム』では、ストーリーがキャラクターより上位にいるような気がするのですね。それに対して『ブレンパワード』では、キャラクターの情の流れに、ある程度ストーリーが委ねられているような印象があります。

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 私の∀についての印象が、劇場版中心に偏っているせいかもしれないところは割り引いて読んで欲しいのですが、ブレンの劇場版というのはどうにもイメージしにくくて、仮にできたとしても、イデオンやターンエーのような“ビリビリ張り詰めた感じ”のものでは絶対無いような気がします。

 どんどんとりとめもなくなっていますが…(笑)。私の思う“ビリビリ張り詰めた感じ”というのが、psb1981さんの「怖さ」と言われるものと話が通じるのかどうかですね。
 人がばたばたと死ぬとか、あんまり関係ない気がするんですよ。『Vガンダム』では序盤から人が死に続けますけど、むしろ張り詰めた感じもないままに死に続けていくところが違う意味での「怖さ」だったと思うんです。たぶん、ここで言われている怖さは、むしろその逆のような気がします。

 ターンエーは富野アニメにしては人があまり死なない作品でしたが、(どこで読んだのか忘れましたけど、)ここでの問題はむしろ“人の死んでいくやり方”を考えることだという指摘を読んだときには、ちょっと唸りました。
 Vガンとの対比で言えば、そういう作品のテーマそのものに関わる話になりそうですが、ブレンとの対比で言えば、テーマ性が前面に出てくるのかそうではないのかという話でもあるようで。…あるいは、その双方の面から、『∀ガンダム』という作品は、そんなに気安く親しみやすい作品とばかりは言えないでしょう、という指摘もできそうですが。

 ここまで書いて、読み返してみて、psb1981さんの問いかけは、テーマそのものに関わる話のほうのような気がしました。「グリム童話」の例を引いておられますが、いうまでもなく∀ガンダムは「竹取物語」や「とりかえばや物語」をベースにしており、こうした古い民話には謎めいた寓意があることは、たしかに知っていても忘れてしまいがちな側面ではあります。こういう話は、調べていくと面白いんですけど、たぶん、的外れな個人的感懐をここまで書き連ねてしまったので、この稿はここまでとしておきます。(いわゆる一つの、「お後がよろしいようで」。)(笑)

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2/13追記:

 tobofuさんに取り上げていただいたら、大勢の方が読んでくださったようで、ありがとうございます。この記事の続きは、このブログでは以下の記事に書きましたので、併せてご覧いただければ幸いです。

∀ガンダムは「開き直りの現状肯定」ではない。


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コメント

>

TBありがとうございます。中途半端なエントリでどうもすみません。そのうち全部書きたいんですが…。

完成度が高く隙が無いので作品全体に緊張感がある、っていうのは確かにそうだと思います。面白いです。囚人さんのブログ内に∀ガンダムそのものの記事が意外と少なかったので(笑)、もっと囚人さんの∀ガンダム感想が読んでみたいですね。

そうですねー、個人的に「∀ガンダムが怖い」っていうのはやっぱりテーマ的なところかな、と思います。もちろん私の考えが正しい、と思っている訳ではないですし、もしかしたらすでに他の人がどこかに書いてるかもしれません。でも是非考えてみてください。

個人的に富野アニメってカニを食べるような感じなんです。不親切な食べ物なんですが、意地になって突っつけば突っつくほど身が出てくるし、美味しい。是非、囚人さんなりの方法で美味しい富野作品の食べ方を教えてください。私の食べ方もある意味ワンパターンなので、自分で飽きますね(笑)。

>

psb1981様のページも拝見させて頂いておりまして、そちらにコメントさせて頂こうかとも思ったのですが、あちらではコメントがあまりされておらず、またこちらにpsb1981様のコメントがありましたので、こちらに失礼いたします。

psb1981様の仰っている「∀」の怖さというのは、『無垢・無知なるが故の怖さ・残酷さ』なのだろうと思います。

最も象徴的なのが、『夜中の夜明け』における核爆弾の争奪戦です。
『核』の知識があるゼノアは、それが如何に危険な行為か知っています。
しかし、スエサイド部隊やレット隊のメンバーは『核』を知らないが故に、モビルスーツ等と同じ強力な武器と考え、とても粗雑に扱いながら奪い合います。その結果、ディアナの言う「あってはならない歪み」を引き起こし、ギャバンが帰らぬ人となります。

また、囚人022様も取り上げられていた、『墓参り』での入れ替わりは、ディアナとキエルが初めて、お互いの想いを通じ合わせるエピソードとして描かれていますが、見方によっては「ディアナはキエルの父親を奪った挙句、その喪失感の発露の機会すらも奪った」と言えます。
でも、ディアナに悪意があった訳ではなく、キエルの実情を知らなかっただけで、この時初めて、自分の決断が起こした影響の大きさに気付きます。
キエルもそれが理解できるので、自分の代わりとして父親に詫びるディアナに感謝し、月の女王の素顔を知るのです。

これ以外にも、ウィル・ゲイムの運命とディアナやキエルの関係性や、テテスと母親の悲しい擦れ違い、力を振るう快感で守るべき存在を忘れるギンガナム隊等、「∀」には知っていれば、または理解できていれば、避けられた筈の悲劇が、幾つも散りばめられています。
それらが、psb1981様の仰る「怖さ」なのだと思います。

けれども、「∀」という作品は、温かみと強靭さを持った物語です。「Z」や「Vガン」のように、深刻な顔で『辛い、悲しい、苦しい』といった表現はしません。
前述のような『避けられた筈の悲劇』を正面から受け止め、それでも今日を生きていくためには、ご飯を食べて、誰かを愛して、ユーモアという潤いが必要なのだ、という事を暗に、しかし力強く主張しています。
そして、それが可能なのは、登場人物達の逞しさと素直な心情が、観ている私達にも伝わってくるからだ、と考えます。

脚本で参加されていた高橋哲子さんが、「『∀』のラストは童話的な残酷さがあります」と仰っています。(『NEWTYPE FILMBOOK EX ∀ガンダム フィルムブック5』より引用させて頂きました。)
これは、冷凍睡眠の反動で急激に年老いていくディアナの事を指していますが(画面上は「杖を突いている」という形でしか描かれていませんが、高橋理恵子さんのたった一言の台詞「美味しかったわねぇ…」で、明確に表現されています)、ある意味、浦島太郎の玉手箱の寂しさ・切なさと同じなのだと感じます。
それでもディアナが、ただ悲しいだけの存在には見えないのは、ラストシーンの満ち足りた寝顔があるからだ、と思います。

長々と大変申し訳ありませんでした。

> >スガリーさん

コメントありがとうございました。長文で∀ガンダムの良さについて書いていただいて、まったく同感だったり、なるほどそう解釈すべきなのかと感心したり。本当は、次に関連記事を書く機会に言及しようと思ったのですが、ご承知のような展開で、チャンスを逸してしまいました。
以前にブレンについて書いたときにコメントいただいた方ですよね?
いろいろ書いていますが、まだまだ富野アニメについて、知らないこと分からないことがたくさんあります。(「突っつけば突っつくほど身が出てくる」とpsb1981さんも言ってますが(笑)。)なので、ぜひまたいろいろ教えてください。よろしくお願いします。

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[アニメ]『∀ガンダム』と『1000年女王』はどちらが怖いか?あるいは『ベレジーナ』について

囚人022さんの記事囚人022の避難所 私が思う『∀ガンダム』の「怖さ」に触発されて記事を書こうとして、とりあえずタイトルだけ考えてみました。僕は『∀ガンダム』のテーマはベレジーナ - goo 映画(シュミット:: DANIEL SCHMID :: FILMMAKER ::)にかなり類似していると
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