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『機動戦士ガンダムZZ』 12(最終巻) 

[2007/01/22] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(5) | TOP ▲

 ついに完結。最後の最後で何とかして見せてしまうというのは、富野監督の作品っていうのは本当にまったく・・・。(笑)
 
機動戦士ガンダム ZZ 12 機動戦士ガンダム ZZ 12
矢尾一樹、 他 (2002/05/25)
バンダイビジュアル
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45話 アクシズの戦闘
 「悪には悪の報いが、罪には罪の報いが」・・・しつこく繰り返されるのが“刷り込み”効果というものでありますか。しかし、悪と呼ぶにはいかにも頼りない青二才のグレミー。こんなやつを当てにして叛乱に加わった連中は、言うまでもなく欲得ずくでしかない。エルとビーチャが急にいい感じになってきたりするのが、最終回近くのなんとも面白いところ。
 「ふっふっふっふっふ、はっはっはっはっは・・・」って、マシュマーのギャグ路線なキャラクターが、ここに来ると、精神を強化されてイッちゃってる人になってるところがなかなか怖い。「強化しすぎたか・・・これで意のままに動かせる持ち駒を一つ失ったな。」というハマーン様はむごいけど、多くの人にその死は感知され、グレミーはニュータイプ部隊を大挙発進させる。量産型のキュベレイが編隊飛行してるのは圧巻。マシュマーが散らなきゃならなかったのは、何の報いだったんだろう?
 
46話 バイブレーション
 キャラ・スーンにジュドーが協力するのがくすぐったいですね。ブライトさんとセイラさんの会話は、思いっきり『逆襲のシャア』を予告。
 「私には闘わねばならぬ大義がある。お前こそ正義など見えないのに何故闘う?」というグレミー。「お前がガンダムに乗っているのは状況に過ぎん。しかし私は違う。自ら過酷な生き方を選び、後悔はしていない。お前には、内から湧き上がる衝動はあるまい!そんなクズは私の前から去れ!」青二才の癖に、作品のテーマを背負ったようなことを言うじゃないですか。
 一瞬、動揺するジュドーですが、「その君の勘から発した、君の怒りと苛立ちは理由になる」というカミーユをはじめとして、多くの人の意思がジュドーの中に入ってきて、「俺は間違いなく、身勝手な人の独善に対して、みんなの意思を背負って闘っている」と覚醒。
 「人間の可能性をちっぽけな自己満足のためにつぶされてたまるか!」すごいすごい、ジュドーの意思が、地球圏全体に伝わっている!生身の肉体を持ったニュータイプでこれをやれちゃうっていうのは、思い切った前向きな表現ですね。
 「私のこと、好きだっていうの、忘れないよ。」そしてグレミーは倒す引き金は、ルー・ルカに引かせるところが何とも唸りたくなるところ。
 おやおや、ZガンダムとMarkIIの機体は、コア3に激突したアクシズと運命を共にしちゃったんですね。

最終話 戦士、再び……
 「決着は俺とハマーンでつける。ハマーンもそのつもりさ」ってジュドー、すっかりカッコいいニュータイプに覚醒しちゃって。(笑)
 「ハマーンとジュドーの関係」って言ったってねぇ。(これが説得力あることになっちゃうところにZZの何ともいえないところはあります。)ここの決戦への盛り上げ方はよいですね。お邪魔虫の量産型キュベレイの群れを一手に引き受けるキャラ・スーン。あの、“おっぱいお化け”がこんなオイシイところをもっていくなんてね!(でも「シャングリラ魂だ!」ってビーチャそれは・・・。 笑)
 モウサがコア3に激突したのは偶然なんだろうか。この決戦の中で、ドッキングアウト技を見せてくれるんだから、ジュドー君もロボットアニメ好きだと感心するけれど、「あんたの存在そのものがうっとうしいんだよ」って言う人格の全否定は、正直いただけないなぁ。少しハマーン様に同情してしまう。
 ジュドーのピンチに現れた意思。プル、ララァ、フォウ、カツ、サラ、カミーユ・・・。「みんなの力がガンダムに?」
 人の思い、人の意思が力となっていくのがニュータイプだと悟ってなお、ハマーンは「人は生きている限り一人だよ。人類そのものもそうだ。お前が見せてくれたように、人類全てがニュータイプになれるものか!その前に人類は地球を食い尽くすよ」と。
 「憎しみは憎しみを呼ぶだけだって、分かれ!」とジュドーが放つ必殺のハイメガ粒子砲!これを気迫で受けるハマーン様にびっくり。「憎しみを生むもの、憎しみを育てる血を吐き出せ!」「吐き出すものなど・・・ないっ!」「自分の頭だけで考えるな!」「今、持っている肉体にだけ、捉われるから」「肉体があるから、やれるのさ。」クライマックスに相応しい富野節の炸裂にしびれます。(リアルっぽさとか何とか言う人は、この面白みが分からないってんだから、気の毒だと私は思います。)
 最後は斬りあいで決着!「相討ちといいたいが、私の負けだな」「何故もっとファンネルを使わなかった」「ふっ・・・一騎打ちと言ったろ」「その潔さを・・・なんで、もっと上手に使えなかったんだ。持てる能力を調和と協調に使えば・・・地球だって救えたのに!」「(笑)アステロイドベルトまで行った人間が戻ってくるっていうのはな、人間がまだ地球の重力に引かれて飛べないって証拠だろ?」「だからって、こんなところで闘ったって、何にも・・・」
 ハマーンの最期の言葉は「帰って来てよかった。強い子に逢えて。」ジュドーのようなニュータイプのあり方は、確かに可能性を見せてくれるものだったといえるでしょうね。
 プルツーの最期(?)の意志で、モウサに閉じ込められたジュドーが助かるのは、ファーストガンダム最終話の再現っぽかったですが、悪くはなかった。
 多くの犠牲の上に、何もなかったように戦後処理をはじめようとするエゥーゴ。「気に入らないなら、俺を殴って気を済ませろ」ブライトさんを「そんな・・・」と言いつつ、マジぶっ飛ばしちゃうジュドー。大人と子どもか、・・・・・・つらいね。
 戦後。木星行きを選ぶジュドーは、アステロイドベルトの向こう側を見てこようということなんだろうな。リィナとの再会。地球ではカミーユが健康を取り戻している。
 ここまで全体で思い返したら、バラバラ感はどうにも否めませんが、この最終巻だけを考えれば、描写も丁寧で、かなり見応えのある作品でした。
 『新訳Z』のラストと照応するような終劇の印象だったことが、実に思いがけない発見だったと思います。


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コメント

>

 ZZは確かに、全体で見るとちぐはぐだし、Zガンダムとの雰囲気の断裂もフォローしがたいのだけれども、通して見てみると意外に心に残ったりするような気がするんですよね。

 個人的に、これは孤独と寂寥感の物語なんだと、見ながら当時の私は思ってました。ハマーンも、グレミーも、プルもプルツーも、エマリーも……みんな寂寥感を持って、だから人に焦がれて、そして死んで行く、という。
 ジュドーの妹への思いとか、モンドのラサラを亡くした悲嘆とか……だから、ドタバタも実はそうした寂寥感を隠すための空元気なんじゃないか、とか思ったりするのです。

 ほかのガンダムにはいない、いじらしい人たちばかりだったなぁと。それを思うと、実はZZのキャラに一番愛着を感じたりする私でありました。

> 私はね

ΖΖのハマーンが「一番好きなガンダムキャラ」なんです。ΖではなくΖΖの・・・。

惜しむらくはあの軍服姿を描く事が(またあのノーマルスーツを!)出来なかったのが心残り。確か、最終話近くでガンダムチームがバストアップで並んでいるカット、私の動画だったはず(照)。いかがでしたか?

>

>スカルさん
よくわかりませんけど、
右向きΖ 正面百式 左向きZZ
のモビルスーツデッキの絵ですかね。
Zの横顔の立体的な描き方がポイント?(笑)

> すいません。

動画担当だと「ほとんど背景はわかんない」んです(笑)。三機ぐらい並んでた様だという記憶はあるんですが(爆)。
記憶に残ってるカットでは、アフリカでΖとマークツーかな、後メガライダーの前をビーチャとモンドが右から左に走っていくカット。
ダカールでハマーンとミネバが演壇で右から中央に出てくるロングショットのカットは覚えています。
懐かしいなぁ・・・。今みたら人生やめたくなるかも。

>

>ジュドーの意思が、地球圏全体に伝わっている
これは言いすぎですね
ジュドーに関わった人々に声が届いてるだけですよ。

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