「三原三千夫の万国博覧会」を見てみました 

[2007/01/15] | アニメ全般な話題 | トラックバック(1) | コメント(1) | TOP ▲

 先日書いた記事「ドラマ派のアニメはもう、それだけで批判の対象? 」で、「宮崎さんの作品は、とにかく画として完成してない場合が多くて、リアルな人間ドラマとか、そんなところにばっかりいってますよね。」、「日本のアニメがそういうふうになってしまっているのは、どうしてなんでしょうかねえ。」というようなことが書いてあるらしいから読まなければ、と書いたWEBアニメスタイルの「三原三千夫の万国博覧会」をさっそく見てみました。
 改めて読んでみると、けっこう目を通してはいたんですが、後半のほうの肝心な部分を読み逃していたみたいです。商業ベースのアニメ制作にも参加しておられますが、アートアニメーション的なスタンスのアニメーターさんなんだということを改めて認識。「特別企画 - 『2005年宇宙の旅』三原三千夫」ということで、WEBアニメスタイルの中で、短編作品を一つ見ることができます。

 以下、連載の中でのオススメを少し書いておきます。

 第20回「ゴリラは憧れ」を見て、普通に絵がうまいなぁと感心しました。…と思ったら、「上下逆さまにして描きました」とか「左手で描いてます」とのことで、なかなかびっくりしました。これはクロッキーとか、かなり人体の素描を重ねた人じゃないと、こんな絵は描けないんじゃないかと思います。
 第41回「20年間もあたり前に思ってきた事も……」は、アニメ製作現場の豆知識的ですね。欧米のアニメーターと日本のアニメーターのトレス台の傾斜がまったく違うというマニアックな話ですが、

 日本は伝統的に、床に紙を置いて、正座して水分の多い岩絵の具や墨で絵を描いていた頃からの連続性で、ほとんど水平の作画机が使用されているんでしょう。戦前の写真を見ると、まったく傾斜のない机で仕事をしているように見えますから。
 片や欧米では、フレスコ画の様に壁に絵を描き、その後、油絵の具でイーゼルに、板またはカンバスを立てかけて、立って、またはイスに座って絵を描いていたので、作画机も自然に傾斜の大きな物が使われるようになったのでしょう。


・・・という考察は面白い。日本画と油絵のそういうところから来るメンタリティの違いとか、美術のほうでは研究してる人がいそうですが、同じようなことがアニメにも影響あるんでしょうか。
 第43回「アニメファンだったボクから」では、同世代の人間として、なるほどと考えさせられました。「好きだったアニメを職業にするにつれて、アニメーターとして作品を観るようになり、正直な話、観られないアニメや観たくないアニメが増えてきたんですね。」としみじみと・・・。「本来アニメーションが表現するべき作品の方向性」を、三原さんなりに考えていることがよく分かりました。

日本のアニメは実写に近いリアルな感じの動きや、ディフォルメの少ない(目の大きなキャラクターはありますが、それは顔だけで全体的なシルエットはむしろリアルな方向じゃないと成立しないみたいですね)キャラクターで、本当はアニメで表現する必要の薄いと思われる人間ドラマなんかを、得意とするわけですけど、それって本当にアニメでやらなきゃならない事なんですかね。


 やはりこの連載の白眉は、こんな問題提起を含む第47回「ショメの仕事のスゴイところ」だと思います。

ショメの仕事を見ていると、もちろんショメの天才と個性によるんですけど、欧米人と日本人の芝居と絵のディフォルメの仕方の度合いの違いに驚くんですが、この違いはなんなんでしょうか。やはり文化的なものの違いなのか、しかし、19世紀末の世界では、歌舞伎や浮世絵など日本の文化の方が、ディフォルメはヨーロッパの文化より得意だった時期もあるようなんですがね。いったい誰がそうしてしまったのか、手塚、宮崎のツートップですか、悪い人たちは。ってもちろん、ジャパニメーションが悪いんじゃなくて、ボクが嫌いなものが多いだけなんですけどね。でも、もっと「絵」として成立するべきなんじゃないですかね、アニメーションなんだし。


 これにはドラマ重視派っぽい私でも、さすがに考えさせられますね。本来アニメーションで表現するのには不向きかもしれない“人間ドラマ”を、あえてジャパニメーションは重くとりあげてきた。――しかしアニメを「あまり上等ではないメディアで、“あえて”」というようなサブカルチャー的な文脈でだけ語られるのは、普通に映像表現としてアニメーションを志しているクリエイターにとってはまったくありがたくないことのようです。「ゴミの最終処分場」という言い方がスゴいですが、「ゴミの処分場だって、おもしろい場所といえばおもしろい場所ですしね、充分に。」ということで、個人としての好き嫌いとそうでない部分はきちんと区別されている点は好感が持てます。
 アニメ史的に言えば、手塚系全盛だったアニメブームの渦中に東映系の旗手として脚光を浴びたのが宮崎駿さんでした。過去記事では、「なるほど、虫プロ系と東映系ですか!」などで書きましたが、WEBアニメスタイルの記事で言えば、アニメ様の七転八倒「虫プロブームとマイナーだった宮崎アニメ」、「宮崎駿と判官びいきのやり過ぎ」「宮崎アニメがイケていた頃」などをご参照いただけるといいと思います。
 宮崎監督が、漫画映画系から文芸志向にゆるやかに路線転換をはじめたのは『ナウシカ』以後でしょうか。好き嫌いや路線の違いはあっても、一芸に秀でればそれで良いとばかりも言えず、それなりに評価はせざるを得ない作家だと思うのですが、ここでは「悪い人」にされるとは。(笑)……ただ宮崎さん自身が、同様に手塚さんを悪く言ったこともあるので、そうやって繰り返されていくものだということなのでしょうか。
 「~万国博覧会」に話を戻して、「第44回 王の帰還って、本当に王様なんているの?」は一見アニメ業界とは関係ない『指輪物語』の話なんですが、「ボクは王様なんていらない」「脇役は泣きをみるばかり。ことさら大きなナショナリズム、やれおそろしや、おそろしや。」…このあたり、三原さんの人となり、思いのありようがなんとなく伝わってきて、面白かったです。

ドラマや、キャラクター、世界観とファンの求めるものは様々でしょうが、もう少し絵や、アニメーションの技術的なところも観てほしい。色々なアニメーションがありますから、そういう部分にも興味を持って、アニメーション作品を観てもらえたらなと、思うんです。色々なスタイルのアニメーションが、世界にはありますし、絵や人形が動く事自体がかなりオモシロイ事なんですね。


 総論で言えば、第43回でこう書いておられたとおりで、アニメにはいろんな要素があるので、幅広く関心を持ったほうがいいぞ、というのは素直に賛成できる話です。
 昔に比べれば、(こういうクリエイターの声が、私のようなぬるいマニアでも読めるようになったということだけでも、)アニメの作画への関心というのは格段に深まったんじゃないかと思います。私なんかの体感ではむしろ前の記事でも書いたとおり、“ドラマ重視”の視点なんかは、今では少数派なんじゃないかと思っている次第。

「キャラクター >>> 作画 > 世界観 > ドラマ」


・・・残念ながら最近は、こんな感じじゃないでしょうかね~?(笑)


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コメント

> 画面構成

アニメーターは実写でいえば役者である、とは某有名監督の言葉です。アニメーター三原氏のいう「絵」は、ちょっと曖昧な気がします。某監督の比喩を敷衍すれば演技に相当するものだと思います。宮崎駿氏は、監督をつとめるようになる以前に参加したいくつかの作品では「画面構成」とクレジットされていました。宮崎氏の画面構成が、いかに優れているか、については『おたく学入門』に詳しいです。端的いうと、動画をつかうことなく見せる画面(おそらく放送業界用語的にいえば「絵」とはこちらをさすハズです)ということです。
 そして、動画をつかうことなく見せる画面、という発想は、囚人022さんが先頃取り上げられた『鉄腕アトム』を起源にしているといいます。僕はこの歴史的なTVアニメを見ていないのですが、かぎられた予算と時間でTVアニメをつくるために動画を減らすさまざまな工夫が凝らされたそうです。だから三原氏は手塚と宮崎を直結させたのではないかと思います。

ところで、それではアニメーターはたんに動画枚数を減らすな、といっているワケではないようです。というのも上記とは別の某監督が、実写的な演出をしたらアニメーターから作画枚数がむやみに増えて、とても対応できないと、怒られた、というエピソードを聞いたことがあるからです。

ところで、映画の演出に関して「よらば、よれ。ひかば、ひけ」という格言があります。ある意味、役者の演技を否定する方法です。演劇の舞台と観客の間こそが役者の演技をしっかり観賞できる距離なのでしょう。

既述の格言をつぎのようにいいかえればアニメ映画の演出にもあてはまるように思います。すなわち、動かさないなら動かすな。動かすならリアルにしろ。です。けれどそれはアニメーション(三原氏のいう「絵」)を否定している部分があるのだと思います。

ながくなったのでまとめると、三原氏のいう議論は、演技でいえば映画と舞台の差にくらべられと思います。アニメ映画やTVアニメは映画、アートアニメーションは舞台、なのだという試論でした。

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寄らば寄れ、退かば退け

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