「ALWAYS 三丁目の夕日」なぜか見ました。 

[2006/12/16] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(2) | TOP ▲

 忙しい忙しいと言いながら、おまえいったい何を見てるんだって感じですが。ちょっと仔細あって、こんな映画を鑑賞する次第となりました。

ALWAYS 三丁目の夕日 通常版 ALWAYS 三丁目の夕日 通常版
吉岡秀隆 (2006/06/09)
バップ

この商品の詳細を見る

 このごろ「世代、世代…」とうわごとのように繰り返しているから、こういう作品を目にする羽目になるのか。といって、けなすつもりではないんですが、評判ほどに感動ばかりはしなかったというのが率直な感想。ストーリーはamazonの「商品の説明」が案外詳しいんで、そちらをご覧ください。私は個人的な感想を書きますので、世の中の定評としては、wikipediaの記載などをご参照ください。
 舞台は昭和33年、建設中の東京タワーを見上げる東京の下町。私の父親ぐらいが登場人物で言えば、“ブンガク”(吉岡秀隆)とかあのへんに共感できる世代ですかね。あの子役たちぐらいが、いわゆる団塊の世代で、その人たちの抱いているような原風景という感じになるのでしょうか。…東京のど真ん中ということで、郊外や地方都市とは、また少し時差あるいは温度差というのがあると思います。(*1)
 私の原風景は、そういう意味ではこの十数年後の郊外ということになると思うので、“懐かしさ”というのはこの作品を見ても感じません。日本は貧しかったんだなぁというのは、最近になるまでほとんど知らなかった近過去だったと言っていいかもしれませんね。

 いやだなぁと思ってしまった感想から先に言うと、作品の映像的なつくりに微妙な嫌らしさを感じました。それはどういうことかというと、ミニチュアモデルや巨大なセットや、それにCGを駆使して、当時の町並みを再現したというのは分かるんです。かなり苦心して時代考証をして、かなりの費用もかけて、見せているんだろうことは理解できます。ただ言いたいのは、せっかくよく出来たその再現風景を、ぜひ見せたい、これを見て欲しいというところが、いかにも前に出過ぎていた気がするということです。
 いや、かなりよく出来ていたとは思うんですが、やっぱりどこかで微妙にツクリモノ感はぬぐい切れないんです。例を挙げれば、ロボット工学で言うところの「不気味の谷現象」に近いかもしれないですね。本当は、どこかアジアの知らない国の街の風景のように、もっと猥雑で汚れた生活感があふれているはずのものが、どうも記憶の中で純粋化されて、ノイズが抜け落ちている、そんな再現風景だったように思いました。
 それはまあいいんで、本当に描きたかったのは風景ではなくて、そこに暮らしていた人間たちだったのではないかと。そういう意味で、背景は背景としてだけ扱っていれば、絶賛に値する再現度だったと思いながら、ほんの微妙なところで「見せたい」欲が目に付いて、物語に集中し切れなかった弊害を感じたということです。(*2)

 …という(私のややひねくれた)マイナス印象点を除いて考えると、ここに描かれていた人間ドラマは(少しクサイですが)なかなかストーリーのひねりも効いていて、見ごたえもあり、ベタに感動できるものでした。中でもあの“淳之介”少年を演じた子役(須賀健太クンというのですか)の、実になんとも言えない表情の演技には、かなりハートを持っていかれてしまったと素直に白状いたします。(笑)
 建設中の東京タワーを見上げながら描かれる人々の暮らしは、「完成すれば世界一になる!」という分かりやすい希望の象徴なんですよね。下町の小さな自動車修理工場を、いつか大会社にしてやるという“鈴木オート”(堤真一)しかり、未来の文豪を夢見る“ブンガク”しかり。ただ、その長期間をかけて少しずつ伸びてきた東京タワーが、ついに完成してしまったという、その年暮れに、登場人物たちがそれぞれの思いを込めながら、(作品の表題にもなっている)夕日を眺めるというのがラストシーンの構成です。
 これがねぇ、…“夕日に象徴される人情の暖かさ”みたいな感想もあるんでしょうけど、私はそれよりも、“切ない”って感じたんですよね。沈む夕日を眺めながら、みんな「明日」を信じているんです。そういう時代だったんでしょう。だけどね、東京タワーが完成してしまったように、日本の高度成長も終わってしまった。同じ「明日」はもう来ない。そんなことを疑ってもみない登場人物たちの無邪気さが痛々しいんです。
 鈴木オートはオイルショックを乗り切れなかったかもしれないし、駄菓子屋なんてものはどんどん消滅していってしまった。苦界に身を沈めた“ヒロミ”(小雪)がそこから抜け出すことは難しかっただろう。今、この作品を見ている私たちは、そういう「明日」が来ることを知っているはずなのに、その時代を体験していない世代の人たちまでが「懐かしい人情の暖かさを感じた」といった感想を簡単に口にしてしまう。
 ちょっとしたシーンで妙に印象に残ったのは、電気冷蔵庫を購入した鈴木オートの裏手に打ち捨てられた、氷で冷やすタイプの冷蔵庫を、日々、鈴木オートに自転車で氷を配達していた氷屋が一瞥して行きすぎるカット。時代に押し流されていく人間たちの、こういう描写がもう少し多ければ、作品の印象ももう少し違っただろうか。(しかし、それでは観衆の支持は得られなかっただろうか。)
 ツクリモノの世界観の印象のほうが、そこに描かれている人間のドラマよりも大きな影響力を持ってしまうということの哀しさを思ってしまった私は、やはりひねくれた観衆なのでしょうかね~。(*3)
(*1)
 このブログらしいことを言えば、富野監督は、この作中で言えば、集団就職で上京してきた“ムツコ”(堀北真希)あたりの年代でしょうから、世代的にはストライクゾーンなのだと思います。御大の育った小田原は東京郊外というよりは、地方都市でしょうかね。
(*2)
 3DCGを多用するアニメなどでも、似たようなことが言えますが、これもゲームなんかでそういう表現に慣れている人は、また違った感想を持つかもしれませんので、あくまで個人的な感想です。
(*3)
 これはたぶん、“富野ガンダム”について考えすぎている人の弊害です。(苦笑)



| ランキングオンライン |
関連記事

この記事のはてブ はてブの数 livedoorクリップ クリップ数 Webスカウター情報

permalink | トラックバック(0) | コメント(2)

[tag] 映画 fc2ファビコン 世代論 fc2ファビコン

TOP ▲

コメント

> なんだか・・・

この記事を読んで、昔見たTVドキュメントを思い出しました。海外の山奥の村に日本人が発電機をつけてやるんです。最初は大喜びの村人達でしたが、その電気の使い方や、損得で大喧嘩になるんです。それまでになかった村人の欲の感情が出てきて、歯止めが利かないんです。文明の発展は人々の欲も
増幅させる。でも、優しい仮面はキッチリ用意している・・・欲を取る時の人のイサギヨサったら恐ろしいですよね。仕方ないでばっさりですから・・・
ほんとに仕方ないのかなぁ・・・
なんか変なコメントですみません。

>

私にも高度成長期って輝いているように見えちゃいますね、やっぱり。あと、学生運動に参加して、角材持ってシュプレヒコールしたかったです(笑)。いや、私の場合、環境問題が表面化し、冷戦が激化していた70年代すらよく見えるし、80年代バブルも好きですから、人間、昔のことは何でもよく見えるものですね。

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://zmock022.blog19.fc2.com/tb.php/648-8a06dd78