少年の日の思い込みの根深さに首を捻る 

[2006/12/13] | 随想系 | トラックバック(0) | コメント(0) | TOP ▲

 12月の忙しさってのは、ほんと理不尽だと思えるレベルだと時々感じられます。(これも個人的な体験かなぁ。世の中の多くの人に共感してもらえる点があるのかなぁ。)
 さてさて。考えて、書かなきゃいけないこともたくさんたまってます。見たい作品もたくさんあります。(何とですね、またビデオ屋で『ガサラキ』はレンタル中だったのですよ。何たる悲惨!)
 毎週水曜は『反逆のルルーシュ』を見て、つたない感想を書く習慣でしたが、今日はちょっと後回し。えーと。昨日の記事の反省点から書くべきでしょうか。

 私の少年時代(というのは1970年代になりますが)、公害問題なんかも噴出し始めていたはずなんですが高度成長の夢はまだまだ人々の間で信じられていて、21世紀はすばらしい科学文明の時代になっているはずだと思われていました。'60~'70年代のSF映画や漫画、アニメなどに描かれている21世紀像を見てみてくださいよ。すごい夢と希望の世界ですから!私なんか、そんなのを見せられて育っちゃったんですよ。で、…実際に訪れてみた21世紀の、何たる夢も希望もないことか!(笑)


 nishinomaruさんにトラバでご指摘をいただきました。確かに当時の映画や漫画、アニメには、すでに終末観を示した作品は少なからずありました。なので私の思い込みだったんだろうなぁと。
 これを書いたときに私の思っていたSF作品と言えば、たとえば『謎の円盤UFO』(放映は1970年、設定された未来は1980年)だったり、『スペース1999』(1974年、設定は表題どおり1999年)だったり、『2001年宇宙の旅』(1968年)だったりしました。いずれも有名な秀作なんですが、2006年の今となっては、もう過ぎちゃった年代設定なんですよね。月面に有人基地なんかできやしないし、木星まで有人宇宙船が到達するなんて考えられんじゃないか、どうなってるんだという素朴な考えで書いちゃったんだと思います。
 と言うより、もっと影響を受けたのは、そういう立派な作品のようなものではなくて、家にあった図鑑とかだったり、あとそうそう、大阪万博(1970年、テーマは「人類の進歩と調和」)のイメージとかだったかもしれません。
 当時少年だった私が「少年少女向けの未来に肯定的な楽観的なものを見て大人向けの未来に懐疑的な悲観的なものを見ていなかったのだろう」というご指摘は正しいと思います。ただし万博とかで人類の輝かしい未来を信じたのは、子どもだけではなかったかもしれないとも思います。そこが難しい。このご指摘のほうは、もう一つの「失われた未来」(ロストフューチャー)という記事で触れられたものです。オタキングの書いた毎日新聞連載コラム 『失われた未来 LOST FUTURE 2000』も批判されてました。
 正直に白状しますが、批判を先に読んでから、オタキングの文章を読んだのですけど、たしかにアメリカの例が多いのは分かりにくかったですけど、けっこう面白く読んでしまいました。'60年代、'70年代の愚かな少年(というより頭でっかちな少年かなぁ)の思い込みというのは、けっこう根深いものがあるんじゃないかと自己批判。
 私が学ばねばならないのは、いつの世にも覚醒した人たちと、愚かな大衆はいるのだから、むやみに愚衆レベルだけで時代を語ったような気になるなと言う教訓なのでしょうか。なかなか難しいです。(稚拙な話ですみません。)


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