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『リーンの翼』 第4話「王の姦計」 

[2006/11/07] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(0) | TOP ▲

 世界を歪め、地上界に戦乱を呼ぼうとするサコミズの前に、“オーラロード”は開くのか(第4話予告)


 “東京侵攻”の研究に精を出すサコミズ王たちの描写。サコミズ王は、郎利たちの言うことに「憂国の真情」があると、本当に信じていたのでしょうか。「情念の世界と地上界を、オーラエンジンだけで行き来できるとは思えませんが」…エイサップはバイストン・ウェルのことを“情念の世界”と呼んでいます。リュクスの「そんな馬鹿なこと、あるわけない」という台詞がまた難しい。“リーンの翼”なくしてオーラロードが開かれるというのが彼女の言う「馬鹿なこと」だったんでしょうか。結果的には呼び起こされた“リーンの翼”の力で、再びオーラロードは開くのですが。

 フェラリオの「“罪”を咎めることなく解放」とサコミズ王は口にしますが、この世界でフェラリオは、悪さを働く罪深い存在だと思われているみたいですね。「やめんか!さわるな、しゃべるな、見るんじゃない!」という言い方さえもありました。ここでのフェラリオというのが、何を象徴するものなのか、私にはなかなか気になりました。
 「セックスって、あれ戦争なんだぜ」
 「えぇ?仲良し仲良しするもんでしょ」
 「だから若いってんだよ」
 このへんの会話がポイントでしたかね?

 「フェラリオたちは、無事に岩国に帰れるよう祈っててくれよな」
 「みんなで一緒に行こうぜ」
 「奥さんどうするんです」
 「考えるな」
 「うっす」

 わりと美味しいセリフの多かった海自コンビの会話(笑)。反乱軍にとっては、フェラリオの解放は重要な条件らしいのですが、後で「偏見じゃない、偏見じゃない」とあわててたシーンなんかもありましたから、“偏見”は存在しているようです。話の本筋から言えば、こんなのは枝葉の話ですが、バイストン・ウェルの物語っていうのは、こうやって見ていくと面白い切り口がいっぱいあるみたいですね。ドラマの中では放りっぱなしなんですけど、そこは仕方ない。ただ物語の佳境である第5話、第6話で、このちょうどいい傍観者ポジションにいた海自コンビの影が薄かったのは、なんとなく残念。

この企画が持ち上がったとき、ノベルス版ではなく、あのテーマのままで現代もしくは近未来のもの、という要請があったときには不愉快だった。ノベルスは評価されていないという証拠のような発言だからだ。(公式ホームページ 富野監督のコメント


 “バイストン・ウェルもの”は、言ってしまえば富野監督の妄想世界だと思うので、私は正直、あまり好きではなかったのですが、今回、意外と面白い観点はあるらしいことを発見できました。なので、そこは富野監督、ごめんなさい。(笑)
 ただ、上記コメントは現在進行形のときのものだけど、終わってみて、改めてバイストン・ウェルものを作る上での苦労のようなものについて語ったときに、

「自分の中にモチベーションが無かったから困った、という事があります。困ったからどう作るかという事で、やったら今回のみたいな事になってしまって、バイストン・ウェルものでなくてサコミズ物語になってしまった」(「リーンの翼」全話完成記念 スペシャルオールナイト:シャア専用ブログ

…とおっしゃっていたとおりで、このドラマは結局は、“バイストン・ウェルもの”ならではの魅力からは、外れていったところで成立していたような気がします。

 「“リーンの翼”の靴を履いていらっしゃる?」
 「これも地上界に出れば、エイサップ君に譲り渡す」
 後から考えてみるとサコミズ王という人は、世代交代ということを、真情に発して言っていました。だからこそ何とかならないかとは思うんですけど、もしバイストン・ウェルが情念の世界なら、サコミズ王の情念のエナジーに勝るものは、ちょっと他には何も見当たらないです。だってサコミズ王は、どう考えても小田原出身の富野監督そのまんまですから、その人の妄想世界の中で、その人の情念に引きずられるのは、これはもう企画を立ち上げた時点からの“仕様”なのではないかと。

若い世代の意見を咀嚼して、そのうえに自分が提供できるアイデア、演出があるのかもしれないというチャレンジ精神も喚起させた。(再び公式ホームページの富野監督のコメント

…と言っておられましたが、“バイストン・ウェルもの”でという若い世代からのオファーは「ひとりの創作者の思い込み」の世界観の延長線上に留まるものだと思います。そこを「自分にはできない切り口、テーマ設定、人物相関図」の面白さと受け止めて、その勢いで突っ切ったのだから、それはそれで凄いと思いました。
 私は『キングゲイナー』のラストでは、ゲイン(=富野監督)の影が薄くて残念だったと思うほうなので、今回サコミズ王のパワーに若い人たちが圧倒し去られてしまったこと自体は、むしろ好ましいほどに思うというほうです。「ノベルス版ではなく、あのテーマのままで現代もしくは近未来のもの」という要請の趣旨を汲んで、「エイサップとリュクスの物語」にするのが冷静なプロというのは分かるんですけど、“サコミズ王”の出てくる話でそれを監督に要請するのは、そもそも酷というもんだったんではないでしょうか。

 「この展開って闇討ちっぽくないか」…全6話で完結するドラマの宿命として、人物配置が終わった時点で一気にラストアクションへとなだれ込んでいくわけですが、サコミズ王の描いたシナリオに従って、すべてが動いていきます。
 「地上人、こんなことをしていいのか」 
 「分かりませんよ」 
 「火の玉ぁぁ!」 
 頭で考えずに体の反応するままに振舞うエイサップ君も、いい味出してると思いました。
 「オーラエナジーが最大に発揮されるのは、戦いの渦中でである!」…サコミズ王の、この見得の切り方もいいと思いました。
 サコミズ王の言っていること、やっていることは、矛盾に満ちていて、とうてい肯定できるものではないのですが。 
 「リーンの翼はそういう王を認めるのか!」
 「リーンの翼、私を見捨てるのかぁ」
 どうしてこの瞬間に“リーンの翼”が発現し、オーラロードが開かれるのか、というところに味わい深いものがあったような気が私はしました。
 この回で印象に残ったのは、現用兵器の飛行艇にまたがるオーラバトラーという絵。こういうマッチングこそは、なかなか楽しいものだと私は思いました。



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