『星の鼓動は愛』は“純愛”否定? 1 

[2006/10/30] | 新訳Ζ | トラックバック(0) | コメント(2) | TOP ▲

 富野監督と「純愛」の話 この三部作(笑)は、“恋愛べた”の私なりに一生懸命書いたのですが、その中で話の引き合いに出した、ねもさんのほうから気合のこもったツッコミをいただきました。ごめんなさい、ちょっとだけ勝手に要約します。

・自分的には、『カミーユが「妥協の産物」としてファを選択』であっても、『カミーユが、恋愛的な反比例距離を克服して物理的な距離の近さまで近付きたかった結果としてのファ』であってもどちらでも良い
・ただ、どちらの感情が根底にあっても描写の不足感を強く受ける(カミーユに感情移入し難い)
・なので、『星の鼓動は愛』のラストで、映画の主題が「純愛」だからといって、その予め用意されていた結末のエピソード(=カミーユは崩壊せずにファと結ばれる)に向かって、なんの脈絡もなく唐突にファへ向かって愛情を注ぎだすカミーユ描写は、まるで「デウス・エクス・マキーナ」的ではないか?
・あの様な、作品(とかその先の観客)への「愛情優先主義」ではなく「尺優先主義」で作られた描写不足なラストでは納得出来ていない


 これについての私の理解は、先日書いたとおりですが(→「恋愛至上主義」と「星の鼓動は愛」、私の雑感 )、つまり“描写が足りない”のではなく、カミーユとファの恋愛ドラマは“意図的”に少なめに描かれたものではないのかと考えています。
 (ご指摘のように「中学生ぐらいからのお隣さん」を幼馴染と言う言わないは別にしても、)彼らが互いに好ましく思っていることは、既に先刻承知のことなのですよね。これは「何の脈絡もなく唐突」ではないと思います。
 だから、それに「納得がいかない」というのは、彼らの恋愛が“ドラマチック”な要素を欠いているという不満感なのではないのかと私には思われます。
 つまり、ここで問題提起されているのは、「恋愛ってそんなにドラマチックなものじゃなきゃ駄目なの?」ということだと私は考えているのです。そして作者がそういう考えの持ち主であれば、“ドラマチックでない普通の恋愛”を、まさにそのように表現してみせなくてはなりません。――これは物語の長さ(尺)には関係のないことであり、「~優先主義」という言い方をすれば、むしろ“何も優先しない”(ドラマチックな恋愛と普通の恋愛とで、どちらが上でも下でもない)ということを、そのままに見せたのが、この作品の表現ではなかったでしょうか。
(余談ですが、“~優先主義”という言い方は、“~至上主義”よりも、この場合のニュアンスとして適当なものかもしれないですね。つい、言葉のインパクトに引っ張られて“~至上主義”、“~原理主義”などと用いてしまいがちですが、ご指摘のおかげで「語弊もある」ということを教えてもらった気がします。)

 さて、もちろんカミーユは、いくら苦労をしてきたとはいえ老成した大人ではありませんから、まだ若いねもさんやルロイさんと同じように、純粋なものへの憧れを失ってはいないでしょう。ただ、(またものりのりさんがうまいことを言ってましたが、)それはそれとして“純愛”の理想は“殉愛”だけでいいのか、という疑問形はあり得るとは思いませんか?

対照的にZガンダムのサラ・ザビアロフが「頭でっかちな純愛(恋愛至上主義)」を貫いた子なんですよ。「私とハプテマス様は地上で唯一無二の特別な関係なの!」とか言って。でも、サラって本当はカツやカミーユにも揺れてたんです。そこで素直になっておけば良かったのに、そうしないで頭でっかちな純愛を貫いた結果、ああなってしまったんですね。


 psb1981さんのこの指摘も、私は慧眼だなぁと感心しました!

 偉そうに言ってるように聞こえたらいやなんで、正直に書いておきますが、「手近な現実と向き合うということが、すごくみっともないこと、納得の行かないことに思えていた自分を、この作品で発見した」気がしているのは、ほかならぬ私自身です。

そういや、「下衆なもの」と表現されているそれは「人間の生理に根ざしたもの」ということではないでしょうか?


・・・とのりのりさんが鋭くご指摘のとおり。
 「生きている喜び」や「好きな人と抱き合える喜び」――私のような夢見がちな人間は、往々にして(&いくつになっても)“それだけではない何か”を求めてしまうのですが、夢を追いかけるあまり、大元にある“それ”を、いつしかつまらないこと、どうでもいいことだと思いなしていたようです。どうもそこで(少なくとも私は)「アップアップ」してしまっていたような気が。(笑)
 そういうわけで、これは私自身には、実によく当てはまる話だったので、「“恋愛至上主義”というもののためにアップアップ・・・」というのを前提に文章を書いてしまったのですが、「そんなものは一般論ではない」と言われると、なるほど少し、普遍性を再検討する必要は感じております。

続く



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コメント

>

>まだ若いねもさんやルロイさんと同じように、純粋なものへの憧れを失ってはいないでしょう

こういう勝手なイメージを持たれるのは非常に迷惑です。いつ純粋な物に憧れてるなんて言いました?いつ「“純愛”の理想は“殉愛”だけでいい」となんて言いました?
勝手な思い込みで他人の意見まで捻じ曲げないで下さい。言葉が通じないならもう書き込みませんよ。

自分は劇の構成として新訳Zに納得がいかなかったと言いたかっただけです。それと、ねもさんの歳は存じませんが、ブログの内容を見る限り、それなりに僕と歳が離れていると思いますよ。

> 気を悪くしたならごめんなさい。

「せめて、ファがもっとカミーユに片思いしている描写があればもっと伝わるのに…」という感じ方は、私などよりはずっと純粋だなぁと思って、いい意味で書いたつもりだったのですが、それもこれも「ただの大人の傲慢」に見えてしまったのでしたら、私の失敗でした。失礼をお詫びいたします。

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