「恋愛至上主義」と「星の鼓動は愛」、私の雑感 

[2006/10/25] | 新訳Ζ | トラックバック(0) | コメント(2) | TOP ▲

正直な話恋愛至上主義という感覚は自分には理解できないものでして、割と最近まで女子高生とリアルに接することができる立場だった人間としては(笑)、不思議だなぁと常々思っていました。そういうのを否定したいって気持ちも実に分かるんですが、そういう感覚って古今東西全ての女性が持っているものだと思うんですよ。最近の恋愛至上主義傾向っていうのは、単純に女性の嗜好が世間に反映されやすくなっただけなんじゃないかと思うのです。もちろん世相はありますけどね。
だから、「君たちちょっとそれは違うんだよ、恋愛とはそうではないのだ」という言い方は、ただの大人の傲慢でしかないんじゃないの?とは思いますね。

ただ、自分が新訳Zのラストで腑に落ちないのは、単純に過程の描写が足りてないっていうだけで、ああいうラストになること自体は全く否定するつもりはないんですよ。せめて、ファがもっとカミーユに片思いしている描写があればもっと伝わるのに…と、そう思うだけなのです。(ルロイさんのコメント


 若い人は羨ましい…とか、とりあえず、つい口をついて出てしまいますが(笑)
 なるほど御大の言い方自体が「今の30代が恋愛にアップアップしていて、一生シングルかもしれない」ですから、それは現在ただいま、全然“アップアップ”してない人には、はじめから通じない物言いかもしれないと思いますね。

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 このあたりを眺めていると、確かにそういう問題を実感している層は(特にサブカル界隈?でなのかもしれないですが)実在すると思うんですけどね。
 それから、もう少し広くネット上を見回していくと、「恋愛至上主義」という言葉に対する男女での感じ方の違いというのも、なるほどあるような気がしてきました。(それをうまく言い当てるところまでは到底行きませんけどね。)

 若い人が“純愛”に憧れる気持ちを持つのは普通のことだと思います。ただ私も「大人の傲慢」を恐れずに言うと、それは“夢”と言い換えることも出来ます。(この世のものじゃないかもしれない。)
 だけど“夢”を持つこと自体を否定する立場でもないんだろうなぁ。“夢のない大人”になんか、なりたくってなるやつなんて誰もいないんだ。
 ただね、いくつになっても夢ばかり見がちで現実を直視できないでいて、なおかつ(自覚のある場合もない場合もあるでしょうが)それに起因して、目の前の現実にうまく対処できないという“大人のなりそこない”が、現に世の中に一定数以上いたと仮定するなら、それに対して「夢を大事にすることも忘れてほしくないけどね、…」と語りかけることは、それは「大人の傲慢」じゃなくて、むしろ大人の責任なんじゃないかと。
 そういう文脈で言うと、ファとカミーユの関係は、描写が足りないんじゃなくて、むしろある意味では、わざと“純愛”らしさを避けて下司に、それこそ“手近なところで間に合わす”感覚をえげつなく描き出しているんじゃないでしょうか?…だって、あそこでファと(みっともなく)抱き合うことが出来るカミーユだからこそ、今回は“崩壊”しないで済んだんですよ?(そこにカミーユとファの“純愛”をあらかじめ描いておいたのでは、あのラストが“みっともなく”は見えないでしょう。)

 たぶんそれこそが狙いなので、「表現としては、ああでしかあり得なかったんだ」というのが、白状すればルロイさんの問題提起をきっかけにして、ようやく私の至ることの出来た理解です。(私もね、あの下品とさえ思える抱き付き合いは、いったい何なんだろうなぁ~と思っていたんですよ。)

 夢はなくしたくないんですよ。だから夢を完全に壊すことはしないように配慮もされてはいるけれど、でも夢を追い続けるだけでは(夢見る主体である)自分自身が崩壊してしまうかもしれないような状態に置かれたなら、みっともなくても手近な現実ときっちり向き合うことも、描いておく必要がある、のではなかろうか。
 Zガンダムというのは現実認知の物語である、という初期からのプロットがあったと思うんですが、その責任を最終的に取るということが、実はああなるんじゃないかと。
 それは今、一見みっともないだけに見えるかもしれないけど、これを観た人の深層心理の中に潜み、やがていつか、彼/彼女が夢と現実の相克に直面し、崩壊の危機に瀕したとき、「みっともない手近な現実と向き合うことだって、そんなに全否定されるべきものじゃないんだよ」と少しだけ、現実を生き抜くために背中を押してやる役割を果たせたなら。
 ……何よりも、(ひどいことを言えば、)何十年も前の旧作をいまさらやり直すという、そのこと自体も言ってみれば、監督にとっての“みっともない手近な現実”のひとつだったのですから。



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コメント

>

>今の30代が恋愛にアップアップしていて
これだけが、ちょっと「そうかな?」と思ってしまうあたりです。

個人的な見解では、現代の人にとって達成感のある個人体験がもはや恋愛くらいしか思い当たらなくなっていることが、恋愛重視の正体ではないかと思っています。
精神的に満たされるために必要なことというのかな?

ここで私、
「恋愛にアップアップ」とか
「純愛への憧れ」とか、
「愛なんてもっと下世話なものじゃないか」、
とか
全部ピンとこなくて…

「いや、恋愛してたら楽しいし、
精神的に満たされるかもしれないけど、
してないからといって特に欲求不満はないよね」という立場だったりします。

この意見を聞いてどう思うかが
まさにそれぞれの恋愛感が問われるような
気もしますが、さて?

劇の作り方についていえば、
カミーユとファなんて幼馴染という時点で
特にゲームの「フラグ立て」みたいな描写は入らないと思っちゃいます。
強いて言うなら、3部作を見てりゃ、そんなに描写不足とも思えない。

> 追記

そういえば、
ペケというマンガで

高校生は、
一通りのイベントをこなしていても、「好きです、付き合ってください」などの告白がなければ
付き合っていることにはならないらしい

という類のことをいっていたのを
思い出します。

若い人の恋愛感なんてそんなものだよなあ、と思っちゃいました。

だから、
告白(イベント)
→彼氏彼女になりました(ステータスの変化)
→彼氏彼女になったら何するんだろ?
の3ステップ目で戸惑う、
とか言う
話はマンガでも現実でも多そうだ、
と思うのです。

恋愛ものでも3ステップ目が異色な
作品が好きですな、私

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