橋本治「20世紀」 

[2006/09/22] | 雑記 | トラックバック(0) | コメント(1) | TOP ▲

 これぞ久しぶりに充実した読書でした! 私はマニアではないですけど、歴史が大好きなのです。(笑)
 「自分の生きている社会はどっかがへんだ」
 「どんないきさつで”こんな時代”になったのだろう」
…これらは、あとがきに記された言葉であり、それゆえに筆者はこの本を「個人的な本」だとしています。しかし同時に、一生で一冊だけしか本が書けないなら、「そのことだけを書きたい」という思いに気付いたとも記されており、”百年分のコラム”という並々ならぬ大労作を支えた意欲とは、まさにそうしたものなのでしょう。
 万人にとってどうかはわかりませんが、社会と時代への、こうした素朴な疑問に、私は深い共感を持ち、この本を一気に読み終えて、ちょっとした感動さえ覚えました。

二十世紀〈上〉 二十世紀〈上〉
橋本 治 (2004/10)
筑摩書房
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二十世紀〈下〉 二十世紀〈下〉
橋本 治 (2004/10)
筑摩書房
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 世界と日本で起きる毎年いくつかの事件事象を縦横に、また柔軟に結びながら紡がれる軽妙な文は、まったく教科書的ではなく、あくまで読んで楽しいコラムの集積です。その意味では多少の近現代史の知識が必要でしょうが、逆に言えば現代人として、最低この程度の歴史は知っておくべき内容とも言えましょう。
 上巻は戦前篇、下巻は戦後篇となります。20世紀がいかに19世紀を引きずりながら始まり、それがどう、あの愚かな戦争へと向かって行ったかというところへ収斂していく戦前篇の描写には、もつれた糸がほぐれて行くようなカタルシスさえ感じました。(むろん、どうしようもないやる瀬なさもあるわけですが。)
 一方、バブル崩壊辺りに向かって行く戦後篇は、未だ歴史化されぬ現代へと流れることもあって、上巻のようなカタルシスはありません。しかし混迷の根源に横たわるものは何かというところを浮かび上がらせることに成功しているように思えるのは、戦前からの世界の流れの中で、大小の事象を観察しておればこそ。
 現代という時代を考えるのにも、せめて百年という歴史観のスパンが必要だということを思うにつけ、日本はもとより、今日の世界にどれだけそうした視野を持つ指導者がいるのだろうかと、暗然とした気持ちにもなりました。
 内容の詳細まで書きだすと私では収拾出来なくなりそうなので、別の機会にしますが、日本という国の在り方、世界の文明の在り方を考える材料にこと欠かない好著であったことだけは絶対に請け合います。
 もちろん「個人的」に書き記された歴史エッセイとして、私の勉強不足かも知れませんが、「そこまで断言していいのかな」と感じた部分も散見されましたが、無難にまとめていないからこそ面白いのです。また歴史というのは、つねに未確定のものとして、不断に問い直すべきものではないかとも想われました。
 最後に一つだけ内容に触れておくと、例えば今日の若者の問題は、彼らに”未来”への展望を示し得ない時代を直視しない限り、何の解決にも至らないだろうということ。では未来はどう求めればいいのか、という問いかけが私の中に浮かびます。それには幻想を捨て、今、何が何故行き詰まっているのかを真摯に考え直すしかないでしょう。この本は、まさにそういうための本でした。



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コメント

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面白そうですね~。
私も修羅場が終わったら読んでみようかなとか思いました。

相変わらず読みたい本も見たいものも山積み状態ですが……。

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