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エヴァンゲリオン vs 宮崎駿/富野由悠季 

[2006/09/15] | アニメ全般な話題 | トラックバック(0) | コメント(5) | TOP ▲

 新劇場版の発表で再注目されているエヴァンゲリオンの話題で、ちょっと人気エントリーになってるようなのですが、「宮崎駿に聞くエヴァンゲリオンの魅力!」ということで、

宮崎駿監督「見たことがありません」
富野由悠季監督「コメントはひかえさせていただきたい」
押井守監督「2本ぐらいしか見てないので、コメントしようがありません。悪しからず」

 こういうのが注目されてるようなんですけど、これじゃなんだか、いつのソースなんだか。(笑)
 こういう話題であれば、やっぱりこの辺を見ておきたいですよね。
もののけ姫 [DVD]
もののけ姫 vs エヴァンゲリオン:Yasuakiの新批評空間

宮崎 僕は、これから庵野が何をするかって、簡単に言えないと思うんだけど、庵野の最大の取り柄は、正直に作ることだと思うんだよね。
庵野 はあ(笑)。
宮崎 「エヴァンゲリオン」みたいな正直な映画を作って、何もないことを証明してしまったというぐらいにね。
庵野 ええ、バカ正直ですね。
宮崎 それを僕は、脳化社会がどうのこうのとか、今の若者はとか、そういうふうに切り捨てたくないんだ。とにかく、「エヴァンゲリオン」で庵野が成功したことはよかったと思っている。仕事をするチャンスや発言力が増えるから。あとは「エヴァンゲリオン」の亡霊からなるべく早く抜け出して。「あの『エヴァンゲリオン』の庵野さん」って、これから10年、20年、言われ続けてたら、かなわないものね。
庵野 そうなんですよ。
宮崎 だから、今後一切、『エヴァンゲリオン』に手を出さない方がいいと思う。
庵野 その辺は大丈夫です。もう、ツキモノは落ちましたから。
それで、取あえずは少女漫画(彼氏彼女の事情)をやろうと思うんですけれど。(笑)
宮崎 おれと同じような道を歩んでいるな。
庵野 そうなんですよ。後で気がついて嫌だなあと思って。
宮崎 芸がないね(笑)
庵野 ね(笑)

 これは1997年のアニメージュ別冊「宮崎駿と庵野秀明」からの抜粋だそうです。
劇場版 NEON GENESIS EVANGELION - DEATH (TRUE) 2 : Air / まごころを君に [DVD]

宮崎監督「逃げやがって、あの野郎」  → ゲンドウ「シンジ、逃げてはいかん」
庵野監督「もう必要ないですね」   → シンジ「僕はいらない子なんだね」
となると、次の焦点は、逃げたシンジ(庵野監督)が、いつ戻るか?である。

 …Yasuakiさんは話のオチを、こう結んでいました。(さすがです。)
 しかしまさか、こうダイレクトにエヴァンゲリオンの再構築で来るとはね。

 富野監督に関しては次のこちらをどうぞ。(押井監督のは不明にして知りません。どなたかご存知でしたら、ぜひ。)

富野語録名作選(エヴァンゲリオンについて):Yasuakiの新批評空間 

富野 そうは言っても、たとえば作り手として庵野君が大嫌いかというとそうじゃなくて、作り手はそれでいいのです。ぼくが『エヴァ』のときに一番愕然としたのは、それに市民が乗ったのかもしれない部分で、これは社会が病気になってきているんじゃないかと思えました。

 こちらは「戦争と平和」(2002年5月発行)の対談より抜粋だそうです。もうちょっと過激な言い回しの批判は多くあるわけなのですが、要は庵野さん個人に対してとかエヴァという一個の作品に対してとか、そういう対象に対してものを言ってるわけではなく、エヴァ現象を起こしてしまった社会という存在への“カウンター”として発言しているという点は見ておくべきかと。(選んだ言葉にもよるわけですが、それに対して宮崎さんは、より庵野さん個人に対して言葉を発していますね。)

 エヴァ新劇場版絡みの話題については、他所でいろいろ話している内容もあり、いろいろ思うこともあるのというのに、今回は引用ばっかりでしたけど、とりあえずこの辺で。
関連記事:

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コメント

> 記憶をたどる

良くも悪くもアニメ監督の作家性を意識し始めたのは庵野さんからなので、その頃から彼らにまつわる記事を読むようになりました。

まず安彦さん。「”エヴァ”はキャラクターに対して愛がなかった(TV)Zガンダムの遺産なんです。だからターンAでは大いに怒って、エヴァにぶつけてください」。

次に富野さん。「まるで精神病患者のカルテをみているようだ/エヴァの少年は成長を否定してるでしょ。それは病気なんだということに作家自身が気がついていない」(朝日新聞)。

しかし実際はこういうコメントではなく、作品で決着がついているように思えます。安彦さんの「ガンダム・オリジン」が、庵野さんをフォローする貞本さんの「漫画エヴァ」より優れているとは思えません。「劇場版エヴァ」と「もののけ姫」を比較して宮崎さんを見限った人は僕だけではないと思います(うつ病の人間に「生きろ」とゴリ押しするのは、処置として誤っているので絶対にやってはいけないのです)。

庵野さんを子供とか生徒として見た場合、誰がいちばん父親とか先生としてふさわしいかを考えると、制作現場でのつながりが全くないサンライズコンビなんじゃないか??と、今は思っています。

> 作品と社会との関連

オウム事件の時とかでも
アニメの責任(関連ではなく責任)というもの
について言及したのは富野監督くらいだそうですから
社会に対する影響に対してクリエイターが無自覚でいてはいけない、という意識は常に持ち合わせているようです。

「戦争と平和」は記憶が確かなら
気がつけば自分達が戦争を語るとき
頭の中にはガンダムがあった世代が
中心になって富野監督にインタビューした
本だったかと思いますが
(…というか部屋を漁るとこういうのがみつかるんだよな、何故か)
これも「わかった。自分には責任がある」と
インタビューに応じたもののようです。

エヴァは庵野監督本人は
少なくともリーダーシップはとらないのでしょう。
周囲がビジネスとして扱うのを容認できず
だったら自分が(壊してやる)、
と「手を出すことがない」くらいには
「憑き物」が落ちているとは思えます。

多分一番モチベーションが低いのはコミカライズ版をやってる貞本氏じゃないかな

「生きろ」については
魔女宅の頃から女性向けのおされ映画を
作ってきた方らしいセリフだと思いました。
続く言葉
「そなたは美しい」
なんでもいいから自分(の価値)を認めてくれる、
そんな単純な一言で癒される女性は
多かったようです。

> 10年を重ねて

このエヴァ再起動の動きが「劇場版・Z」の後であることを考えると庵野氏が再破壊を考えているとは想像しにくいです。すでに壊れているものは修復するのが当たり前で、また壊す必要はないからです。

貞本氏の漫画にしても「自爆した彼女(レイ)がバカだったんだ」のカヲルの言葉に激してシンジが「もういっぺん言ってみろ!前歯全部折ってやる!!」なんていうシーンは、モチベーションの低下を克服してでも描くという意思がなければ出てこないと思います。

僕は、作品が動き出す前から冷めた視線を投げつけてしまうのは、作品の作り手が気の毒では・・・と思っています。

> 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

> 狂ってないエヴァ?

新訳Zのように、エヴァを新訳するんだろうか?しかし富野監督の勘のとおり、Zはこれだけの時間を経ることにより、(ファースト、ターンエーファン故か)割合すんなり観ることができた。なにより生の素材だったZが加工され、劇場版としての宇宙世紀もののパズルのピースがうまるような感覚は、ファンとしては堪らないものがある。

でもエヴァは語り直すには、まだ時期が早すぎるような気もする。番外編とかアナザー物で世界観を広げておいた方が良いと思うんだけれどなぁ。

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