富野アニメと宮崎アニメ
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今日は旧友と語り合っているので、彼が風呂に入っている間に軽く(他力本願で)一言。富野作品に汚染されている者(というか僕だけかも)には、宮崎作品ってとっつきにくくなるのかも。(わんこさん)
『BSアニメ夜話』第4期第2回 :妄言師@無銘の銘柄 - はてな第378回
「まあ、もちろん宮崎さんは別にして押井さんなんかは出崎手法を認めて大いに参考にしてゐるわけです」・・・『宮崎さんは別にして』といふのは、宮崎さんのような古い世代の東映系アニメ作家が、虫プロ系作家を認めてゐないからです*1。だから『未来少年コナン』では、(虫プロ出身の)富野由悠季さんの絵コンテに満足できずに 手を加へて 没にしてしまふ。
私たちが、あえてテレビアニメ的である富野アニメを愛好するというのは、何かそこに“映画的”ではないものを求めているということではないのかと思います。それが何なのか。ゆっくり考えていきたいと思っています。*1:まるで映画人がテレヴィを見下すやうな差別意識が見受けられます。実際、東映は映画会社ですし、虫プロはテレヴィを中心にアニメを制作してゐました。大塚康生さんや宮崎駿さんらが虫プロ系の作家・作品を誉めたなんて話は聞いたことがない。
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追記:
文章を引用させていただいた妄言師@無銘の銘柄さんで、
はじめからトラックバックをしなかったのは、引用もとの記事が一年以上前のものだったので、「人によっては、あまり以前の記事にトラックバックされても嫌がられるかたもおられるし・・・どうしよう・・・」という迷いのままに遠慮してしまっただけでありまして、他意はございません。大変失礼をいたしました。お詫び申し上げます。
引用の意図としては「好きなものを貶された」とも思っておりませんし、「難癖」をつけようなどという考えは毛頭ございませんでした。
まったくもって毎度“感想文”の域を出ないこのようなブログではありますが、それでも宮崎さんと富野さんのアニメに関心を持つものでありますので、東映系、虫プロ系というその出自から来る違いにも、最近になって「なるほどなぁ」と思いはじめていたところで、偶々目にした記事を読ませていただいて、とても参考になるなと思ってご紹介させていただいたものです。
・・・と焦っていたら、最新の記事を拝見したところ、怒っておられたのは、どうも、このブログのことではなかったらしい。(アイタタタ。 ・・・笑)
しかしまぁ考え方は同じだろうから、トラックバックはさせていただきます。大変失礼いたしました。なにとぞよしなに。
文章を引用させていただいた妄言師@無銘の銘柄さんで、
という記事があったので、これは気まずいと思い、恐る恐る・・・遅くなりましたがトラックバックをいたしました。某chでもあるまいし・・・
トラックバックぐらゐは送れや。
はじめからトラックバックをしなかったのは、引用もとの記事が一年以上前のものだったので、「人によっては、あまり以前の記事にトラックバックされても嫌がられるかたもおられるし・・・どうしよう・・・」という迷いのままに遠慮してしまっただけでありまして、他意はございません。大変失礼をいたしました。お詫び申し上げます。
引用の意図としては「好きなものを貶された」とも思っておりませんし、「難癖」をつけようなどという考えは毛頭ございませんでした。
まったくもって毎度“感想文”の域を出ないこのようなブログではありますが、それでも宮崎さんと富野さんのアニメに関心を持つものでありますので、東映系、虫プロ系というその出自から来る違いにも、最近になって「なるほどなぁ」と思いはじめていたところで、偶々目にした記事を読ませていただいて、とても参考になるなと思ってご紹介させていただいたものです。
・・・と焦っていたら、最新の記事を拝見したところ、怒っておられたのは、どうも、このブログのことではなかったらしい。(アイタタタ。 ・・・笑)
しかしまぁ考え方は同じだろうから、トラックバックはさせていただきます。大変失礼いたしました。なにとぞよしなに。
コメント
画質より時間軸
大塚さんや宮崎さんのアニメ(ルパン第一シリーズとコナン)を見ると、映像と話のスピードが理想的というか完璧なんですよね。でもその完璧な”型”では物語は語れても、”小説”のような異質なものが表現できないのです。現に小説的な「漫画版・ナウシカ」の映画化は不可能でしょう。
漫画の中に、物語の範疇に収まらない異物の表現を入れた手塚治虫がアニメを始めた時点で日本のTVアニメーションは「ドラマティック」という特質を含むようになったのだろうかと考えています。
漫画の中に、物語の範疇に収まらない異物の表現を入れた手塚治虫がアニメを始めた時点で日本のTVアニメーションは「ドラマティック」という特質を含むようになったのだろうかと考えています。
そうだよなぁ
やっぱり生々しさの差じゃないのかな?
イデオン発動篇でのドバとハルル等の会話とか、宮崎作品ではああいうものを表現する際には、ああも生には表現しないと思う。
コナンに対するVガンなんて、かなり似た要素で開始しているのに、ああも違う作品になってしまうなんて。
でもやけくそ気味のVガンの方が心を掴まれる感じがして、目が離せないんですよね。
うーん富野作品にはグランチャーのような強制力があるのかな?受け入れられないものには気持悪かったりして。
イデオン発動篇でのドバとハルル等の会話とか、宮崎作品ではああいうものを表現する際には、ああも生には表現しないと思う。
コナンに対するVガンなんて、かなり似た要素で開始しているのに、ああも違う作品になってしまうなんて。
でもやけくそ気味のVガンの方が心を掴まれる感じがして、目が離せないんですよね。
うーん富野作品にはグランチャーのような強制力があるのかな?受け入れられないものには気持悪かったりして。
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