劇場版アニメとテレビシリーズ 

[2006/09/08] | アニメ全般な話題 | トラックバック(0) | コメント(0) | TOP ▲

 子犬さんのところ(ひびのたわごと 記憶のふたが開きそうです)経由で、「うわー本気で100もあるよ」と思いながら、この辺のページを眺めていたら、全然違う方面になぜか頭が向かっていった。

TSUTAYA online / オンラインショッピング - 【DVD】「アニメ100選」/1位~10位

 あ、全然わかんないのがいっぱいあるのは、子犬さんに負けませんから。(自慢かっ!? 笑)

 そうじゃなくて、漠然と眺めていて、…

「この中で映画化されたのが、いくつぐらいあるんだろうな?」

「“テレビアニメ”と“映画”って、違うよな(クオリティだけでなく、いろんな意味で)。このランキングには、そういう意識は皆無だなぁ。」

「しかし、たしかに映画化といっても、“テレビアニメ”の延長に過ぎないものもあるよな」

「『The IDEON』でいみじくも富野さんが“これは最終回に過ぎない”って言っていたが、そんなこと言い出したら、エヴァ劇場版とかどうなるんだ?」

「『新訳エヴァ』は4部作なら、(イデオンで言ったら)“接触篇”から映画としてやり直すんだろうな」

 …なぜか、そんな連想をしながら眺めておったわけです。
 富野監督は、テレビシリーズと劇場版を、すごくはっきり意識の中で区別してる人だと思うんですね。The IDEONは発動篇だけでも当時のファンは納得したと思うんですが、接触篇も作って、劇場版は劇場版として完結していなかったら本人の気がすまなかった。(んじゃなかろうか。)
 宮崎さんは『カリオストロの城』とかを考えても、基本は映画の人なのか。(未来少年コナンは特別な例外なのか。)
 押井さんもやっぱり映画の人っぽい?(しかし『ビューティフルドリーマー』は、あれだけを取り出して、映画として完結しているか?クオリティとしては間違いないんだが、映画の尺の外にある設定に依存しているには違いないか…。)
 してみると、庵野さんのエヴァ劇場版は、クオリティはそれとしても、まったく物語としてテレビシリーズの続き(というか、やり直しというか再解釈というか)で、そこまでの流れを知らない人が見ても最低限わかるという配慮は皆無だった。

 別に、「劇場版>テレビシリーズ」という考えを持つものではないが、メディアとしての性質がはっきり異質なことは自明なので、テレビシリーズで流れてきたものを、劇場版でそのまま受けてなんとも思わないということは、映像作家としてはあり得ないことだろう。(しかし受け手の側では、そういう想像力を持つ人は極めて少ないようだ。劇場で見てさえ、テレビで見るのと同じ見方をする人が増えているのか?)

 最近、DVDが発売されたおかげで『星の鼓動は愛』の話題が再びネット上で多く見受けられるのは嬉しいが、「DVDで初見なのは当たり前」のような顔をして、物知り顔に批判している記事が目につくと、あまりいい気はしない。…といって、私だってエヴァの映画を劇場で見たわけではないわけだけれど、「これを実際に劇場で見たらどうだったろうか」と想像してみるぐらいのことは、必須のことだと考えている。

 映画は、劇場ならではの集中力で見るべきだし、逆にそうしたメディアの違いを意識しない作り手は、映像作家としてはどうかと思う。
 一方、テレビシリーズは長期間、作り手と受け手のお付き合いが続くわけで、その間に少しずつ互いの考え方が動いていく部分も含めて、シリーズ構成の果たす役割というものは大きいと思う。(この間に一切ブレないことが、完成度とばかりは言えないのではないかな。)

 たくさんのアニメタイトルをいっぺんに眺めていたら、私も記憶のふたがどどっと開いて、気がつけばそんなことを考えていました。
 しかしこの100選は、変な偏りのある100選ですねぇ。なんともかんとも…。



| ランキングオンライン |
関連記事

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://zmock022.blog19.fc2.com/tb.php/497-82a8e5a0