Vガンダム/ブレンパワード 

[2006/09/01] | 御大 | トラックバック(0) | コメント(2) | TOP ▲

囚人022の避難所 Vガンダムの感想はまとまりません(コメント)

確かにVは陰鬱方向に、∀やブレンはそれを振り払う方向に向かった作品だけど、どちらも独特の、作品としての力を持ってることは違いないから、私はどっちも評価しているなぁ。(zsphereさん)

 私はVガンダムを「評価しない」って言ってるわけじゃあなくて、「評価が難しい」って思ってるんです。zsphereさんは文章を書かれる人だけど、作者の意図とは違った姿になってしまった作品というのは、作り手としてはどうなんですか?
 週ペースの中での制作で、刻々と追い詰められていく作者の姿っていうのは、想像すると怖いものがあります。ただZガンダム(TV版)っていうのは、庵野さんが「自分語り」みたいな評をしたように、結末に作者が責任を負いきれていなかったかもしれないんですけど、Vガンダムは意外にその点、違うんじゃないかと思いました。(話が壊れる代わりに作者自身が壊れたって見方もできますけど。)

明確な結論は「子は親を越えていくものなんです~」のくだりですね。おっしゃる通り、ブレンに繋がるキーワードですし、それまでのウッソがそんなこと学ぶ機会もなかったくせに突然言い出したんで、まぁこれが監督の今回の結論かなと。(ルロイさん)

 なるほど、そっちでしたか。「学ぶ機会」というのは、マーベットさんの胎児との交感というのが引き金なんでしょう。思いを受け継いでいくべき次代への信頼というのは、この時点でようやく富野さんが見出した希望で、ある意味ではニュータイプ論からここへ進んだとも言えるんじゃないでしょうか。
 ただ、「突然言い出した」ように見えてしまうというのも、特にこの作品が“子ども向け”を目指していたことを考え合わせると否めない事実で、迷走の果てにようやく可能性を見つけたとはいえ、表現として成立しきっていないものだったような気もします。

Vガンで行き着くところまで行ったから、ブレンやターンエーのように優しさを持った作品作りが可能になったんだと思う。(わんこさん)

 この点、Vガンはわんこさんの言われるとおり、「行き着くところ」にしか行きようがなかったというか。最近の富野さんは、結末がきっちりイメージできてなくちゃ駄目だといったことを言われますけど、そこから逆算された人物配置と物語構成というのは、作品の完成度に繋がりますよね。
 まさにそれの実験のようなものが、『新訳Z』だという気もします。ただ、厳しい制約の中でそれをやっているので、どうしたって難しい。完成度からいえば∀ガンダムが一番だと思うんですが、しかしブレンパワードの粗さというのも、実は不思議な魅力を放っている気がして。その辺で一概に言えないところが、考えても考えても答えの出ないところ(しかしそこが面白いところ)だと思っています。

むしろブレンパワードみたいな作品を評価してる人って、Vガンファン以外いないと思ってました。(のりのりさん)

 まことにおっしゃるとおりで、表現というのは必ずしも作者の意図した完成度に依存しないと感じてしまえばこそ、ブレンパワードが私にとっての最高水準だったりするんですが。ブレンは一貫して粗いんですよ。(しかし、そこがいい!)Vガンの前半は、粗いんじゃなくて、かなり端的に言えば“不出来”でしょう。

 カテジナ→クインシィの話にはzsphereさんも触れておられましたが、とても納得のいくもので、「再び君に出会えたなら、その瞳を孤独にさせはしない」という約束が果たされたのかと思うと、胸が熱くなります。(ブレンの最終巻だけ、もう一度観たくなりましたよ。DVD買う余裕ないしなぁ。)

 今、Vガンが“活劇”のひとつの目途としたのであろう『未来少年コナン』などを見直していて思うのは、そのシンプルさです。ブレンというのは、富野さんの作品の中では例外的に、“あれもこれも”ではなく、親と子の問題をとても緩やかに手繰り寄せていっている作品だという気がします。
 ブレンパワードの、その良さを、富野監督はどのぐらい気付いておられるんでしょうか。

 今、私はブレンパワードを観て知っているから、Vガンダムも「評価できる」と言えるようにも思いますが、そうでなければ、やはりVガンダムという作品だけを取り出して、これが富野監督の最高傑作だとは絶対に言うことが出来ないと、そういう風な感じ方をしております。




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コメント

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 失礼、誤解を呼ぶ表現をしてしまいました。Vガンダムを「評価」するしない云々は、わんこさんのコメント「Vガンダムを最終的に認めた人は、ブレンに違和感を持つんじゃないか」というのを読んで、自分の内面と照らし合わせて「そうかな?」と思った結果の書き込みでありました。
 むしろ、その後ののりのりさんのコメントを見て、「あ、むしろそうかも」と膝を打ったり打たなかったり。
 ただ、こうしてお名前を出すにもご挨拶をしていなかったのでぼかしておりましたら、分かりにくくなってしまいましたね。
 えーっと、というわけで……名前を出させていただいたお二人様、はじめまして、よしなにお願いします(拝


>>作者の意図とは違った姿になってしまった作品というのは、作り手としてはどうなんですか?


 作者の当初の思惑を超えて、作品自体が勝手に動き出すような場合、作り手はそれを歓迎する場合が多々あります。
 たとえば、キャラクターを書いているうちに、作者でも考えていなかった一面を不意にキャラが見せて、一気にその人物の内面が深まるような事があったり。
 書いているうちに、今まで考えても居なかったテーマが浮き上がってきたり。
 それは、作者の思惑を超えて作品自体が膨らんでいくという事で、そうすると作者が小手先で考えたテーマ以上の流れ、深みが生まれてきます。
 いわば、作品自身が「作品になろうとする」力です。その作家の作風にもよるでしょうが、この瞬間の到来を待ち望んでいる作り手は多いです。少なくとも私はそうです。「小説の神様が下りてくる瞬間」とでも言いますか。

 ただし、これは諸刃の剣で、特にアニメーションの現場などの場合、短期的な一話の尺も、長期的な全何話という尺も決められている上に、集団で作品を作っていく作業ですから、こうしたアドリブ的な物語の動きを許容できるかどうかは大変難しいでしょうね。かえって弊害にもなりかねません。

 ですから、代わりに、他の(特に若手の)スタッフからの刺激を大切にしようという富野監督の最近の姿勢にもなっていくのだろうと思うのですけどね。そうして、外部からの刺激を入れていく事によって、自分ひとりの感性で独りよがりなものを作る、という事を防いでいく感覚はあるのだろうと思います。

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確か富野を知らない人にVガンダムは薦め辛いですね。従来のガンダム的なSF、戦記モノ臭さと、Vガンで目指したであろう、TVマンガ路線が激突して変な作品になっちゃってるんですよ、特に前半が。
でも、劇場版Zガンダムよりはいいと思うんですよね…完成度も。あれこそ普通の人がいきなり観たら訳分からなくないですか?(笑)

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