御大のエヴァ批判について 

[2005/09/06] | 御大 | トラックバック(0) | コメント(10) | TOP ▲

えーと。今日こそ短く(←がんばれ、自分

毎度勝手にリンクさせていただいているYasuakiさんの新評論空間にはホームページバージョン(ん?こっちは“新批評空間”なんですね。)があるんですが、エヴァ、富野、宮崎、ボトムズ、・・・と並んだコンテンツはすばらしすぎ。その富野コーナーに、「富野監督による、何かと話題を呼んだ(?)エヴァンゲリオン批判についてのコメント集」が掲載されています。Great!
Yasuakiさんのブログでの掲載告知はこちら

エヴァが、僕みたいな年代とか、僕みたいな感覚を持つ人間から見た時に、あのキャラクターは生きてるキャラクターではない、と感じます。



有名なエヴァ批判ですね。でもこれだけ見ただけでは私も「?」だったので、今回yasuakiさんがまとめてくれたものは、考えるきっかけとしてとてもありがたかったわけです。

ビデオとかインターネット上のオマンコ見てセンズリかいているだけで、生のセックスに興味を持てない、本物の女性を怖がる病理現象があるだけで、さっき言った『死ぬこと』が実感出来ないっていうことが一緒になった感性の人々の実在を見せつけられただけで、そう、あれはカルテに見えるんですね。



例えがアレなんですけど、自分も正直「女性」はときどき怖いっす(笑)。「死ぬこと」の実感とかからも逃げてるし。(キングゲイナーを見てたら「毛長ゾウの肉ぐらい、さばけるようになれ」とゲイナーくんが言われてました。肉を食べてるくせにその動物を殺すことからは目を背けたいのは、やはりひ弱なのかと。)

庵野くん個人に対しては、富野がいたおかげで、お前がこうなったとしたならば、それについてはごめんね、ということで止めさせておいてください。



言葉通りなんでしょうね。影響がどうのこうの以前に、時代の雰囲気を作ってきてしまったことへの反省。

『エヴァ』に関しては『エヴァ』を直接つくった・・ガイナックスというグループが成立したプロセスが持っている、あのグループに入ったときに個までがガイナックスになっていってしまうというそういう妖しさを排除していかなくてはいけないんだ、と言えるのは僕の立場でしかないと思います。そういう気をつけた作品をつくりたいと思っています。



ここを読んでくれてる人はガイナックス成立のプロセスなど、私よりよく知ってる人が多いと思いますので省きますが、“二次創作”というものを出自に持ってしまったもの。独自に創作をしてきた人間が、それを生み出す環境を許してしまってきたことに責任を感じる。mmm。。。
「ここまで膨れ上がった、ビジュアルっていうものをこういうふうに愛せるようになった世代に、違うものをきちんと投入しなくちゃいけないというのが僕にとっての責任」って、そこまで世の中に対し、重い役割を担わなきゃならないものなんだろうか?

たとえば作り手として庵野君が大嫌いかというとそうじゃなくて、作り手はそれでいいのです。ぼくが『エヴァ』のときに一番愕然としたのは、それに市民が乗ったのかもしれない部分で、これは社会が病気になってきているんじゃないかと思えました。



ここが重要なポイントですね。庵野氏なりエヴァなりが悪いというよりも、エヴァみたいな作品が何かの偶然ではなく、ある時代の必然性を持って流行ってしまう
社会への危機感

これがあるから、その“思い”を発言しなければならない。でも、それが現代の社会に届くためには、大きな声で目立つように発言しなければならない。近年の異常なまでの御大露出度は、意外と彼なりの戦略性を持って、確信犯的にやっていることなのかな、と今ハッと気づきました。

「これでは道化だよ」
「いや、ネオ・ジオンの総帥としてイメージ作戦をしませんとな」


「逆襲のシャア」劇中でのシャアのこんな会話を思い出します。御大も内心では「私はあこぎな事をやっている・・・」とひそかにつぶやいているのかもしれません。(笑)
モビルスーツに載らせたら誰よりもうまいシャアが、総帥の役割を演じなければならなかったように、誰よりもアニメ職人である人が、ぶつぶつ自嘲の言葉をつぶやきながら思想家の真似事をやっている。そういう構図なんでしょうか。

“富野まだやってんのあのバカ、アニメか、ロボットか、
 うーん、いいじゃない?

・・・って、私は心底から思ってますよ、ハイ!(「あのバカ」も愛情込みで多少含めて。)
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コメント

> 時代性

あの当時、まさしく踊らされていた人間からすると、
良くも悪くも時代が生み出した作品だったと思いますよ。
それを庵野が意図したかどうかは別ですが。
今思うとなんであんなに夢中になったのか不思議でなりません。

同じ時期の社会への危機感からの発言では、
オウムの事件に対して、アニメ関係者としては唯一矢面に立って、
「アニメーションの果たした責任」について語っていたのが印象的です。
オウムに大きな影響を与えた思われるM崎とか、
M本Rニなどが三猿状態だったのに比べると、
本当にこの人は「公」について意識しているのだなと。

> 幸か不幸か、

私は踊りに乗り遅れて、それきり乗れずじまいですが(笑)
(ほんと、時代から取り残されてます、自分)

他の人が知らんぷり過ぎるんで、ますます御大が浮くではないか!
というのはありますね。

>

履歴を見て飛んでまいりました。
はじめまして。
こちらを見て、
私のようなハンパな自称ガノタがブログにガンネタやらなくてよかった・・・と思いましたw
凄い情報量ですね。
1thしか(  ′∇ソ ヨーワカラン私ですが、気がついたら読みふけってました。
またきます。

> いらっしゃいませ!

私などはガンダム“ファン”で、ガノタなどという立派なものではありません。他に何もないので、自分の好きなガンダムのお話を書かせていただいているだけです。1stしかよーわからん人は、もしかしたら一番幸せなのかもしれません。にわか勉強はしてますが、少し前までは私も「1stしかよーわからん人」でした。
その後のガンダムを見て、もし鬱になったら、ぜひ∀ガンダムを見てみてください。(いやならなくても、∀は見て欲しいかもしれません。)
世間から見れば私もガノタに見えるかもしれませんが、設定とか、MSとか、そういうのがだんだんど~でもいい人になってきてますから、「ライト」なガンダム“ファン”の方は大歓迎です。また是非お立ち寄りくださいませ!

> 私も躍ったクチです

 >あのキャラクターは生きてるキャラクターではない
このあたりはエヴァも富野氏の一部の作品も50歩100歩に感じます。
以前書かせてもらいましたが、全てのキャラを同一人物が演じているように見えました。
監督の中身がもろに出ちゃったんでしょうね。
2人の中身が全く異なっていただけで・・・

> 確かに。

yasuakiさんのブログへのコメントでも話していたのですが、『エヴァ』が何かの「タブー」を破ったとしても、実は富野さんには先にそれをやってしまったという自覚があるのではないかと。だからこその「ごめんね」ではないかと。また、だからこそ、鏡に映った醜い自分の姿に向かっての「病院入れ」ではなかろうかと。
だから・・・といって、そこまで責任を感じなくとも、そうなるにはそうなるなりの“時代の必然性”があったと思うのですが。でも、そこが魅力を感じるところでもあります(笑)

>

>設定とか、MSとか、そういうのがだんだんど~でもいい

なんかあるポイントを超えるとそうなりますよね。

>

最近は、そういうの調べてる間に作品見てるほうが楽しいです。

>

 >調べてる間に
最近は調べずに、と言うか情報入れないようにして作品見てます。
おかげで良作の取りこぼしも多いですけど

> どうなんでしょ。

私は最近、TVのオンエアで見ることがほとんどなく、ちらっとネットで「いいよ」と聞いた作品をレンタルで見てばかりです。取りこぼしても大抵は後で拾えますから、貴重な時間、見る作品は選んだほうがいいな、と。不特定多数の意見より、特定少数の意見しか聞いてませんけどね。(笑)

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