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えーと(・・・やっぱり私は富野監督ファン) 

[2006/08/28] | 御大 | トラックバック(0) | コメント(0) | TOP ▲

 今、私はようやくVガンダムを見終わったところで、頭の芯がまだ「じーん」としっぱなしだし、いろいろ書きたいこともあるんですが、「はじめまして」という方からのコメントが気になったので、優先しちゃいますね。

はじめまして
こんにちは。私もVガン好きですよ。富野アニメのベストを挙げろと言われると、逆シャアとどちらにしようか迷うくらいですね。完成度は天と地ほどに違いますが。
最近の富野由悠季は芸能やエンターテイメントの領域を目指しているようですが、そっちでは宮崎駿に絶対勝てないので、もういちどVガンな方向に戻って欲しいと個人的には思ってます。(psb1981さん

 はじめましてです。( リンク先をたどってみれば、「非モテ・恋愛至上主義」ねたで、私が思わず[なるほど]と思ってしまった、あなたでしたか! 笑)
 うーん、Vガンと逆シャアがベストですか…。それはいいんですけど、芸能やエンターテイメントでは宮崎さんに「絶対」勝てないとまで言われると、なんだか心中穏やかではないですねー。

「アニメ監督」ならば、ガンダム的なにおいの一切しない作品をやってほしい。中途半端な焼き直しのようなものではなく。
今までのところ、彼は「ガンダム監督(または人型ロボットアニメ監督)」なのだと思う。
イデオンなどとも違う、ロボットが出てこない作品に手を出してほしい。「アニメ監督」でありたいのなら。(猫さん

 猫さんもはじめまして。いろいろお話したいことはあります。私も長い間そう思ってたし、今でもふっとそう思うときがあります。
 のりのり先生もコメントくださったので、いいかな、とも思いましたけど、それもあまりに無責任なので、私が聞きかじった話をいくつか引用しておきますね。

虫プロダクションが、制作プロダクションとしてテレビ局から受け取る制作費は実際にかかった経費よりも大幅に下回っていた。その赤字を関連商品の版権収入(マーチャンダイジング収入)・海外輸出で補う日本におけるテレビアニメのビジネスモデルを確立したのは旧虫プロである。手塚が『鉄腕アトム』で予算的に引き合わないテレビアニメに参入したのは、自らの漫画の原稿料で赤字を補填し、他社の参入を妨げて、テレビアニメ市場の独占を図るためであったと言う。しかし予期しなかった版権ビジネスでの副収入は他社の参入を許すこととなった。「鉄腕アトム」後、旧虫プロ主宰者の手塚は、当たりはずれの大きいマーチャンダイジング収入にはなるべく頼らない作品作りを目指そうと考えた。しかしそのような方式のアニメ制作は定着せず、「鉄腕アトム」式のビジネスモデルが旧虫プロ以後の時代も引き継がれた。
虫プロダクションのビジネスモデル 
虫プロダクション - Wikipedia

 なかなか皮肉な話ですよね。富野さんがアニメに携わり始めた『アトム』以来、このビジネスモデルが商業アニメ製作のスキームになってしまって、わが国では現在も基本的には、版権収入での資本回収をあてにしないで商業アニメの制作は不可能みたいなんですよね。次のような具体的な話もあります。

この『鉄腕アトム』については、フジテレビから放映権料の名目で虫プロダクションに提供されたのは、資料によりまちまちであるが、50万円から75万円だったとされている。実際に制作にかかった経費は150万円から260万円だったとの説がある。なお、低い制作費というのはアニメとして低いという意味であって、テレビ番組の予算としては決して低くはない。当時の30分番組の製作費の相場は1分1万円であり、当初はフジテレビも30万円を提示したという。
少ない制作費 アニメの歴史 - Wikipedia


 まあ、それでも私たちファンサイドだけじゃなく、関係者の間でも、富野さんをもっと制作だけに専念させてあげたいという思いはあるみたいです。

富野「宮崎(宮崎アニメ)に勝ちたい!」
高橋良輔「宮崎アニメに勝ちたいなら、優秀なプロデューサーと組むべきだよ」
富野「それは危険だ」
富野由悠季に関する関係者の評価

 豪腕プロデューサーは「危険だ」という富野さんの脳裏にあるのは、トリトンやヤマトで縁のあった西崎義展さんのこととかが頭にあるんでしょうかね。
 「ホントごめんね、プロダクションを結局作んなかったのが間違いの元なんだよね・・・」と「勇者ライディーンDVDメモリアルBOX1」収録特典映像でのインタビューでは出渕裕さんにぼやいていたそうですが。(ひびのたわごと ハルオの動かない列車
 たしかに鈴木敏夫のアシストなくして今日の宮崎駿はあり得ないんだろうけど、今の“吾朗ちゃん狂騒曲”を聴いていると、やっぱり豪腕な相棒は「危険だ」というのは、そうなのかなぁと思ったりもします。

「人間が自分自身のことを表現しようと思ったとき、自分のことだけを語っていては、表現しきれない。例えば「私がここにいる!」と言っても、誰も注目しないだろう。そこで、「オレは神を冒涜する! 」とか、存在しない“もの”にかけて、自分を表現することがある」
「この場合、その力を借りる“もの”は、魂のない道具のほうが、人形の形のほうが、自己投影しやすいだろう。パーソナリティが備わっているアトムは自分の口で自分の言葉をしゃべるけれども、ガンダムにはそれがないから自分を投影しやすい。アニメの巨大ロボットは、自己表現の役割を果たすために、存在しているのではないか」
「僕自身、ロボット的なもの、機械的なもので好きなものは、飛行機だけ。最近、電脳社会というか、サイバーなものがもてはやされているが、こうしたものに全て置き換わるというのは、科学技術をもてあそんでいる人たちの世迷言だ」
「科学技術論や現実認識論ではなく、生きていく、死んでいく人間たちを描こうと考えている。僕は、絶対に人間を描こうと、ロボットは道具として描ききろうと思う。今日、会場には若い人たちが多く参加しているが、僕は君たちの子供に向けた作品を作りたい」
【Robot-ism 1950-2000 Vol.3】
富野由悠季氏らによる “ロボット・メカニズム”の進化論

 ロボットものについては卑下するような言葉も多いわけですが、たまにはこういうポジティブ(?)な発言もあります。
 今日は頭が動いてないんで引用ばっかりなんですが、最後にもう一度、子犬さんのところから。

その後『ガンダム』を若い人に渡していって、失敗作もあるんだけれども、本当に20年ぶりくらいに『ガンダムSEED』っていう新しいスタイルで、今度は今の中学生を掴む仕事をしてくれました。それで今の人気が出たおかげで、『Zガンダム』三部作をまとめることができたんです。僕の作った『ガンダム』だけで、このマーケットや作品世界が成立しているものではない。
ひびのたわごと 今日うかうかと買ってしまった本

 お二人とも富野監督が好きだから、こんなブログにもコメントくださったんだと思います。私たちファンも、いろいろ不本意だし悔しいし、だけど富野監督本人こそは、きっともっとたまらない思いを胸に抱いているのだろうに、商業アニメの現場に立ち続けているわけですよ。
 あー、うまく言えないなぁ。

監督自身の声で「そのとおりです。ですが逆に言わせてもらえば所詮ロボットアニメ監督でしかなくてもここまでのものができるんだという例にしていただきたい」というのが脳内再生されてたり。

 やっぱりのりのり先生のほうが簡潔にうまいこと言っておられますね。(笑)

※2007/1/15追記
 手塚治虫の『鉄腕アトム』ダンピング伝説に関しては、次の記事に“アトムの一本50万はトリックで、本当は150万、ましてキャラクターグッズのロイヤルティーが「日銭で何百万円」だったという証言”などに関係する内容を書きました。よろしければご参照ください。(→「アニメーター残酷物語」は都市伝説?

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