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機動戦士Vガンダム 第10巻、第11巻 

[2006/08/24] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(2) | TOP ▲

機動戦士Vガンダム 10 機動戦士Vガンダム 10
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【第10巻】
37話 逆襲ツインラッド
38話 北海を炎にそめて
39話 光の翼の歌
40話 超高空攻撃の下

機動戦士Vガンダム 11 機動戦士Vガンダム 11
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【第11巻】
41話 父のつくった戦場
42話 鮮血は光の渦に
43話 戦場の彗星ファラ
44話 愛は光の果てに

 とにかく話の行き着く先を早く見てみたくて、週二本にペースアップしてるわけですが、「佳境に入ってきたなぁ」というところなので、本当はもう少し味わってみるべきパートなのかもしれないと思いつつ…。
 「休戦協定」ってのは、エンジェル・ハイロゥを完成させるための時間稼ぎっていうよりも、これさえ完成すれば、ローラー作戦なんて必要ないってことなんですかね?
 ・・・にしては、一朝一夕にエンジェル・ハイロゥが完成するはずもなく、そういう意味ではザンスカールの戦略はどうなっているのかな?
 その辺のシリーズ構成は、引き続き「荒い」のかなとも思いますが、各話それなりに物語の面白さはありました。(バイクフリークのドゥカー・イクの死に様などは、シリーズの中ではかなりバランスを欠く描写ですが、これはこれで面白いからいいか。)
 そういえば、「光の翼」やメガ・ビーム・シールドなど、小道具の使い方も面白いというか、さすが上手に活用するもんだなと感心してみたり。
 それに比べてしまうと「命の大切さ」みたいなお話で、ちょっと妙にお説教くさい部分が目に付く気がして、その辺りは若干こなれていないのか、とも思ってみたり。あるいはタシロ大佐の立ち位置が一瞬「え、なんだっけ?」という感じだったりして、そういえば以前になぜかギロチンにかけられそうになった人だったか。「コロニー戦国時代は軍閥状態になったりもするのね」というような状況を、素直に飲み込めるようになるには、視聴にかなりの集中力が必要なんだが、どうも“情”が一定しないんだなぁ。
 ウッソ君のお父さんとの再会とか。これは当の親子同士も違和感ありまくりらしいから、見てる側にも解せないのは正しいんだろうけど。大きな話の流れとしては、鈴の音とかエンジェル・ハイロゥとか、ミステリアスな部分が出てきて面白いんだけど、すっきりしない大小いろんな要素が重なり合っているから、なかなかそのポイントへ意識は集中していかないのね。

 総合的に、今のところ私には決して傑作とは思えないVガンダムを、富野アニメの中で「最高だ」と評価する人が何故今も少なくないのか、ということをずっと考えながら鑑賞しています。
 これが最高だという人は、例えば『ザンボット3』とかに見られるように、かろうじてロボットアニメのスキームの中で、数々のお約束やタブーをぶっ壊す、アナーキーというか、アヴァンギャルドというか、そういう姿勢を富野アニメの“本質”と考えているんでしょうね。
 それは突き詰めていくと、そもそもロボットアニメなんて“玩具の30分CM”に過ぎないものなんだから、はじめからキワモノとしての存在価値しかないんだ、という見方なんじゃないかと思います。出来上がった価値観をぶっ壊すのが富野さんの役割なので、派手に壊せば壊すほどいい、とでもいうのか。
 たしかに富野アニメがこれまで間違いなく最も成功しているのは、単純な善・悪をはじめとする、あらゆる“価値観を揺るがす”という側面においてなのかもしれないと思います。ただ、そういう《メタ要素》として作品を鑑賞することが、最善の接し方だとは、私にはなかなか思えないんですよね。

 Vガンダムっていうのは宮崎アニメと対比して見るべきものなのかなと私には思えてきました。富野さんの中の、ぶち壊してしまいたい衝動と、作品としていこうという思いの葛藤は、いろいろ考える要素を与えてくれているように思います。
 私には、ますますシャクティがラナちゃんに重なって見えてきてしまいました・・・。(エンジェル・ハイロゥってラピュタ?)

後期オープニングテーマ『DON'T STOP! CARRY ON!

♪くーるーしみーしか、みーえなくてー

 これ、ノリは悪いけど、作品にはよくあってるいい曲ですよ。特に歌詞がいい。エンディングの『もう一度TENDERNESS』は最後に赤ちゃんの飛んでる絵なのが、いろんなことを思わせてくれていい。
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コメント

> 地球クリーン作戦

地球クリーン作戦そのものが
エンジェルハイロゥの為の時間稼ぎと考えられます。
木星圏からパーツを運んでくる時間を逆算して考えれば
先にエンジェルハイロゥの計画ありきで、搦め手の作戦としてバイク戦艦を使ったのでしょう。
ドゥカーがバイク戦艦のアイディアを女王にプレゼンしていた時期から作戦実施までの期間もなかなかに短いのですが。

つまり本命の作戦をゲリラや連邦に悟られないためにいろんな手を打っているわけです。
タシロもファラも表向き更迭(よりもっと酷い刑罰ですが)されておきながら、戦場に復帰している。
表向きのクリーン作戦にはクロノクルみたいな若造を司令にしている。
マリアの奇跡自体が演出じみているところを見ると、さて「公開で行う」ギロチンの処刑にだって演出が入っていないか? と思ってしまうわけですな。実際タシロは生きてるし。

そして前線で戦うザンスカールの兵士たち。
彼らは、特権階級による地球の独占に抵抗する正義の戦士であると同時に、地球を独占しようとする侵略者であります。

しかし、彼らの望みとは、地球上で家族と、愛する人との平和な生活であったりします。そのあたり、彼らには、子供を兵士として戦わせるゲリラの老人に比べれば、よほど人間としてまともな感性を持ち合わせている人々が多くでてくるのが特徴です。

ウッソの両親はインテリ(*)ですから、高い理想を持ってザンスカールに対する抵抗運動を指揮する側にいます。
が、どうもウッソに対しては通常の親子としての付き合いが出来ずにいます。まあ、ハンゲルグに関して言えば
男親と成長した息子との微妙な距離感があるのかもしれません。
そのあたりをつきつめたのがゲンドウとシンジの関係なのでしょう。

(*)戦うインテリの末路なんて逆シャアでアムロがいったとおりにしかならないと思いますけどね。

> キーワード:狂気

 私はまぎれもなく『Vガンダム』を富野作品の中の最高傑作の一つに挙げている一人ですが(笑)、別に「既存の枠を壊したから」そういう評価をしているわけではなかったりします。

 では何かと言えば、『Vガンダム』ほど、「狂気」を描ききった作品を私は他に知らないからなのです。
 それもこの作品の後に展開される、オウム真理教やライフスペースや、その他もろもろの現代的な狂気を見事に先取りしていること。

 バイク好きが高じて、バイク戦艦を提案して本当に走らせてしまう、ドゥカー・イクの趣味人的な狂気(しかも、プライヴェートにおいてはリガ・ミリティアの面々より余程普通に、まともなプロポーズをして死んでいく普通人であるといのも皮肉です)。
 ファラ・グリフォンの電波な狂気。
 あるいはザンスカールの宗教的な狂気。
 権力に踊らされるタシロ・ヴァゴの狂気。
 自分たちの正義の下、ウッソみたいな子どもを平気で戦場に投入するリガ・ミリティアの狂気。
 そして何より、欲しいものが手に入らなくて、周りが嘘だらけでイライラし続けるカテジナの狂気。
 いわばVガンダムは狂気の見本市です。
 そんな狂気の中を、「シャクティが好き」「命の大切さ」という一種のキレイ事だけで駆け抜けなきゃならないウッソの、嘘っぽい無邪気さすら狂気かもしれないし、我々は現代という狂気の時代をそんな風に駆け抜けるしかないのかもしれない。

 ここまで現代を活写した作品、他にないと思うのです。私にとって、それがVガンダムの魅力だったりします。

 いよいよ話も佳境かと思います。どうか楽しまれます事を。

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