アニメスタジオの系譜をお勉強 

[2006/08/20] | アニメ全般な話題 | トラックバック(0) | コメント(0) | TOP ▲

 「なるほど、虫プロ系と東映系ですか!」という記事を先日書いた所、takkunさんからトラックバックをいただきました。

 ∀ddict アニメスタジオの系譜

 数あるアニメスタジオの系譜を図示する試みをしておられるのですが、虫プロ系、東映系、のほかに、もうひとつ、タツノコ系という大きな流れがあるんじゃないかという指摘がありました。うーん、なるほど!

 せっかくだから、ちょっと私も勉強してみました。

 虫プロダクション - Wikipedia

・1961年、手塚治虫が創設
・1963年、日本初の本格的連続テレビアニメシリーズ『鉄腕アトム』制作
・1965年、日本初のカラーの本格的連続テレビアニメ番組『ジャングル大帝』制作
・従業員数400人を数える日本有数のアニメーションスタジオに成長
・1970年代に人材難から人件費が高騰。多く設立された他プロダクションとの受注合戦に破れる形で受注減少、資金繰り悪化、1973年倒産
・アニメーター尊重の社風
・テレビアニメの時代を切り開いた
・日本のアニメが漫画原作によるストーリー性の強いものとなる源流を築いた
・新興アニメスタジオのモデルとなった
・出身者がその後のアニメ界で活躍し人材の育成供給の場になった
・テレビ局から受け取る制作費は実際の経費よりも下回り、その赤字を関連商品の版権収入・海外輸出で補う日本のテレビアニメのビジネスモデルを確立した
・企画・脚本・キャラクター設定から動画や彩色、録音などのすべての工程を社内で行う内制システムをとり、作品を早く仕上げ、品質を保つことができた
主な出身者: 高橋良輔出崎統富野由悠季、豊田有恒、安彦良和、りんたろう など
虫プロ出身のアニメ制作会社: サンライズ、マッドハウス など

 東映アニメーション - Wikipedia

・1956年、東映動画株式会社発足(前身の日動映画株式会社は1948年に日本動画株式会社として設立。1952年商号変更)
・1963年、初のテレビシリーズ『狼少年ケン』開始
・1973年、海外への制作委託を開始
・1998年、東映アニメーション株式会社に商号変更
・劇場作品の制作スタイルをを踏襲し、劇場作品を「長編」、テレビシリーズを(劇場作品の短編と捉え)「短編」と呼ぶ

 タツノコプロ - Wikipedia

・1962年、吉田竜夫が兄弟らと設立
・1965年、テレビアニメ第1作『宇宙エース』制作(東映動画、虫プロからもスタッフ参加)
・1967年4月、カラー作品第1号『マッハGoGoGo』制作
・吉田竜夫が亡くなる前後の1970年代後半から創立メンバーが相次いで独立、一時勢いの衰えを見せる
・1970年代後半~80年代前半、タツノコ作品を支えた若手演出家4名「タツノコ四天王」の中に押井守
・1987年、竜の子制作分室が独立して有限会社アイジータツノコ(現・Production I.G)が設立される(当初タツノコプロは資本金の20%を出資、1993年に資本関係は解消)
・1990年代以降は、社外に去っていたかつてのスタッフを呼び戻し、旧作のリメイクを中心に作品発表
・ 2005年、大手玩具メーカータカラ(現・タカラトミー)傘下に
・漫画等の原作を元にしないオリジナルアニメを得意とする
・キャラクターのプロポーションのよさは評価が高い
・アメリカンコミックを思わせるカラフルでスタイリッシュ・肉感的なキャラクターが魅力の一つに数えられ、これは作品の海外輸出を強く意識した結果だと言われている
・映像の質の高さ・ユニークさには定評がある(代表作『科学忍者隊ガッチャマン』)
・アニメーターに湖川友謙
・企画から撮影まで社内のみで完結する一貫した制作体制が整い、東映動画や旧虫プロの合理化や倒産後も長くこの体制を維持(押井守は演出家の修業の上でそれが役立ったと証言)
・近年は他社同様に、正社員を減らして作品ごとに契約スタッフを採用(スタジオ経営のスリム化)
主な出身者: 押井守、大河原邦男、鳥海尽三、笹川ひろし など

 難しいものですねー。人間の出入りも入り乱れているみたいですね。富野さんの周りにいる(いた)人には、意外とタツノコ系の人も多いみたい。

 アニメ制作会社 - Wikipedia
 
 この辺とか見れば、もう少し系譜みたいのは辿れるのかな?



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