コメントありがとうございます。その2 

[2006/08/12] | 雑記 | トラックバック(0) | コメント(1) | TOP ▲

999やハーロックの最初のTVシリーズや、999の最初の映画のあの雰囲気って本当に良いものですね。(わんこさん)

 松本アニメの話になると、私は悲喜こもごもになっちまうのですが。松本零士さんの作り出すキャラクターと世界観の魅力はすごいと思うんですけど、どの物語もみんな同じようになっていってしまう苦さというのがあって。『宇宙海賊キャプテンハーロック』のマンガ版もなんだか変な終わり方で。マゾーンの謎はどうなっちゃうんだという苦しいところを、アニメで懸命にやっていたような気がします。なのでけっこう話の持って行きかたは難しかったですよね。あの時代で、テレビアニメで、精一杯やったほうになるのかなぁ。「雰囲気」は本当によかったので、映画のクオリティでやらせてあげたかったような気もしますが、そこまで盛り上がれませんでした。(残念)

 『地球(テラ)へ...』の話も懐かしくてちょっと残念な(笑)、アニメの思い出ですが、スカルさんも41さんも、やっぱりメカが気になりましたか。昔はほんとにねぇ・・・。でも、あの映画の変な貝みたいなデザインのメカが、案外よく動いていたような気がするのは記憶の間違いかなぁ。(見ようにも見れないと、記憶の美化がますます入っちゃいますかねぇ。)

ひょっとしたらアニメの制作過程を考えると、脚本の上原氏あたりの案かもしれませんね。
松本作品には、敗戦に対する複雑な心境が投影されているし、沖縄出身の上原氏も、問題意識をもった方だから、そのような引用も実に意味深く感じられますね。(わんこさん)

 キャプテンハーロック最終回の話延長戦ですが、・・・あー、なるほど。上原正三さんですか!! 

松本の原作が、脚本の上原正三と監督のりんたろうらのスタッフにより大幅に脚色されている。原作にはいないトチローの娘「まゆ」が創作され、このまゆの存在がハーロックが地球を守る理由付けになっている。これは「ハーロックの哲学」に関わる問題であり、この「改変」をめぐって、松本とスタッフ間で激論が行われたという逸話が残る(もっとも、原作中でもトチローと思われる中央大コンピューターのセリフの中に、娘がいると思われるくだりがある)。結果的には、アニメスタッフ側の熱意に松本が折れる形で承認を取り付けたと言う。
未完の原作に対し、アニメ版は、まゆや台羽ら若者に地球復興を託すという希望を持たせる形で終わっている。
宇宙海賊キャプテンハーロック―Wikipedia

 なるほどそういうことですね!長年のひっかかりが、少しすっきりしました。

身体が緊迫した状況に置かれ、死までの距離が近いほど「生」を実感するという松本作品(?)は、今さかんに問い直されている「身体性」を先取りしていたのかなあと、最近よく考えます。(ラジヨさん)

 「生は限りがあるからこそ尊い」というのも難しいテーマでしたね。やっぱり劇場版『銀河鉄道999』は傑出した作品だったと思います。ひとつひとつの作品で、きちんと物語の環が閉じないのが松本零士さんの良くないところだと思うんですが、この作品は別でしたね。終わりがあるからこそ尊いんで、あまり未練たらしく続編もどきを作り続けたりしないでほしいです。

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コメント

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松本マンガを原作とするアニメってだいたい最初のシリーズは悪くないと思うのですが、続編を作ると必ずイメージが悪くなりますね。まあ、それは松本作品に限らずですが。

それにしても松本マンガは巨大な物語の断片が少しずつ描かれているというイメージですね。続編が描かれるたびに世界の統合が進んでいるようです。最終的にはどうなるでしょうね。ちょっと興味があります。

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