機動戦士Vガンダム 第5巻 

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機動戦士Vガンダム 05 機動戦士Vガンダム 05
サンライズ、逢坂浩司 他 (2004/01/23)
バンダイビジュアル
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 楽しんでみているとは言えない状況ですが、「次こそはどうにかなるんじゃないか」と思いながら見続けているVガンダムです。先が気になるのでやめるにもやめられない、ここでやめては損しただけで終わってしまう、という感じでしょうか。1巻に4話ずつですから、リアルタイムの放映を見ていた人に比べれば、4倍速で物語は進行しているんですけどね。
 前の巻の最後の予告編を見て、ようやく敵の実像が少し見えてくるのかと期待をしていたのですが、第17話「帝国の女王」は、ほぼ総集編的な内容で、ちょっとガックリ。ただ、冒頭部分の時系列を整理しなおして見せてくれたのと、ザンスカール側の視点から見ると(多少無理があるが)こうなるのかという点では、意味があった。(脚本・構成もコンテも「斧谷稔」ですか、ふむ。)
 「リガ・ミリティアは少年兵を使う異常者の集まりです」(byカガチ首相)は説得力がありすぎて「・・・。」でしたけどね。それにしても、ここで総集編が入るというのは早くも制作の都合なのか、仕切りなおしのつもりなのか。それともカガチのセリフのようなことを駄目押ししておきたかったということだろうか?

 先日も言及しましたが、「富野由悠季自身が常に抱えているある種の破綻」は「物語の大筋をぶち壊してでもやりたいことをやるというということで、それが原因で物語が破綻してもかまわない、という性質」にあるという富野論は、すごく正しいと思うのです。その上で、それが物語を超えた「表現」の追求に繋がるのかどうかというのは、実に際どい一線上に置かれた問題ですね。

 ウッソとの同行を拒んだはずのシャクティが、何故かリーンホースに密航までして宇宙へ上がり、戦闘の混乱のさなかで宇宙漂流をし、ザンスカール側の手に落ちる。――うん、一言で言って「よく分からない」。(これをも是としなければ富野信者ではないと言うなら、私は信者じゃございません。)
 富野さんがどうしても、そうしたかったんだろうということは、分かります。それは分かるんですが、たぶん制作に加わっているスタッフたちも、「なんで、そうしたいのか」が、ふに落ちないまんまで作ってるんじゃないのか、というのが正直な印象です。なので、物語に説得力がないんじゃなくて、説得する意思さえもが(作品として)見えない。「失敗作宣言」の中に見られるスタッフワークのまずさというのは、たぶんこういうところで、コミュニケーションの不在として、見る側にまで伝わってきてしまいますね。
 まだ先は長いんだけど、いきなりカイラスギリー攻防の「決戦前夜」だと言っていますし、とにかく余裕なくストーリーを先へ先へと進めていくようですね。・・・ついに噂のバイク戦艦も(まだ図面だけど)登場してきましたし、この調子というか、たぶん破綻すれすれのストーリー展開はいっそうエスカレートしていくわけだから、見続ける以上は覚悟を決めなきゃならないですね。

 「誰も見向きもしない作品の価値を見出してこそ、一流のオタク」と言っていたような時代ではなくなったと思います。そういうのではなくて、ブレンや∀が、「Vガンのリターンマッチ」だと言われる理由、失敗作と成功作を分けた原因は何なのか、そんなことを考えながら、見ていきたいとは思いますが・・・覚悟が要りますねー。楽しくは見れないなぁ。
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