スポンサーサイト 

[--/--/--] | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) | TOP ▲

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

恋愛至上主義 イクナイ!w 

[2006/07/11] | 「おたく」な話 | トラックバック(0) | コメント(5) | TOP ▲

 「恋愛至上主義 イクナイ!」とか言うのは、いわば[非モテ]の旗を自分で振ってるようなもんですが、胸に手を当てて考えてみると、実際そうなので素直に認めてしまおう。

 もともと「モテ」という言葉から生まれてはいるため誤解されやすいが、現在の用法としては「非モテ」の対義語として「モテ」が配置されている訳ではないのに注意。「モテ」は第三者による評価だが、「非モテ」は自意識の問題といえる。
 その一方で、「モテるための努力を回避する」という恋愛至上(資本)主義へ批判的態度およびその人のことを指す場合もある。
非モテとは―はてな


 はい、私は純愛ブームとかの仮面をかぶった「恋愛資本主義」大嫌いです。オタクを騙してその気にさせて、ヲタグッズを買わせるスポンサーどもより、より一層たちが悪いと思っております。

 監督と矢口嬢の対談の中で「恋愛」と対比されているのは「見合い」であり、これはやっぱり「目の前の相手と向き合う事」なんですね。


・・・と前回の記事はバルタザールさんに混ぜっ返されましたが、うまく伝わりませんでしたけど私の言いたかったのは、「向き合わない」オタクばかりが責められるが、「向き合えない」環境にも問題はあるだろう、という世の中への混ぜっ返しでありました。
 考えてみてください。今の世の中で「見合い」の意味するものは、限りなく「恋愛敗者」に近いと思われませんか?それってどうなのよ、と。
 もう一つ思うのはね、恋愛至上主義の究極形として「純愛」とかって仮定したとしてね、それで本当に目の前の相手と向き合ってるのかと。恋に恋してるんじゃないのかと。
 たとえそれで結婚したって、それは恋愛ゲームの終わりだけど、富野さんの言うように、いやでもその人と向き合って生きる人生ゲームの再スタートでしょ?恋に恋する夢見がちな気持ちで、その現実に本当に向かい合っていけるんですか。そうして現実から目をそらして、家族でファミレス行ったり、デゼニーランドへ行ったり、マイホームドリームを追ってみたり?「恋愛ごっこ」ゲームの第二部は、「幸せマイホーム」ごっこですか、そうですか。楽しいね、よかったね。(うーん、絵に描いたような資本主義。)

 バルタザールさんが、「オタク、イクナイ!」的なことを言うのは正しいと思うのです。ただ、富野さんが言われたのは、恋愛ゲームなんかよりも人生ゲームのほうが本番だということだと思うのですね。恋愛ゲームをクリアしないと人生ゲームに参加しちゃいけないみたいなルール設定は、全然社会のためになっていないということ。
 だいたいモテる男はこうあるべき、モテる女はこうあるべき、みたいな標準がテレビ基準で決まっていくっていうのが、すげー変ですよね。
 人によって異性の好みなんてのは千差万別であるべきで、例えば(私は別に好きじゃないけど)「メガネっ子」みたいな新基準を自分たちの中から出してくるオタク陣営のほうが、まだその辺は生き生きしてると思うのです。
 「心の壁」の建て方のルールは自分で決めようよ、ということ。「美男美女じゃなくったっていいじゃない」と、キレイゴトじゃなく言える社会にならなくちゃ、オタクが連れ合いを見つけようなんて気持ちになれるわけないと思うのです。(今夜は何故か熱く語ってしまった・・・。ぅぅぅ・・・。)

ブログランキング




 このあたりを少し勉強してみたいと思っておりまして、今度こんな本を買ってみようかどうしようかと思案中です。どなたか読まれたかた、おられましたら、感想を教えて下さい。
「性愛」格差論―萌えとモテの間で 「性愛」格差論―萌えとモテの間で
斎藤 環、酒井 順子 他 (2006/05)
中央公論新社

この商品の詳細を見る
関連記事

この記事のはてブ はてブの数 livedoorクリップ クリップ数 Webスカウター情報

permalink | トラックバック(0) | コメント(5)

[tag] 恋愛至上主義 fc2ファビコン 非モテ fc2ファビコン オタク fc2ファビコン

TOP ▲

コメント

>

この本、面白そうだね、750円なら買ってもいいかも

「だいたいモテる男はこうあるべき、モテる女はこうあるべき、みたいな標準がテレビ基準で決まっていくっていうのが、すげー変ですよね。」
変というか、「金になる市場」だと思う側の広告戦略だと思うな

ヲタをターゲットにした市場戦略も、お金を落としてくれることが分かっているからこそってのもあるし

>「見合い」の意味するものは、限りなく「恋愛敗者」に近いと思われませんか?
どうなんだろ?
学歴・収入・家柄、ここが一定基準を満たしてないと紹介すらされない、ウチの田舎では
それすらが二次的なステータスとも取れるんだけれど…

ある程度年を重ねた末、見合いの口もなく生涯毒で過ごす方や、外人と結婚なんてことがコノ田舎ではよくあるから

個人的にはヲタだからモテないとか言う以前に、根本的な問題があるような気がするな
それは「人付き合い」という部分なんだと思うけど
(過去記事読んでないので読んできますm(_ _)m)

>

>「性愛」格差論―萌えとモテの間で

買って読んでますよ。過去の読書メモから引用すると

「『オタク』・『負け犬』・『ヤンキー』・『腐女子』のそれぞれの文化圏/行動様式から来るセクシャリティーについて斎藤環(オタク代表)と酒井順子(負け犬代表)が対談した本」

と書いてあります。割合新書らしい一般的な話がベースになっていたような記憶が……。また本棚から引っ張り出して読んでみます。

> らきちゃん、ごめん。

ここでは珍しい「恋愛」ねたは、らきちゃん召喚の呪文を唱えたようなもんだったね。・・・のわりに、見合いの話は配慮が足りなかった。申し訳ない。
うちも田舎で、出会いのチャンスは本当になくて・・・。アニメ好きってだけで変態扱いですからね。
ついつい「“純愛”と“萌え”はよく似てるんじゃないの?」とか口にしたら、もう、・・・「あれはオタクだからキモイ」だもの。
人付き合いのしかたが悪いのは分かってるんだ。だけど、上手に妥協して折り合いが付けられなくて。
富野監督はその辺をもっと楽に、と言ってくれてるんだと思います。

> 斜め読みしちゃってたかも

「恋愛至上主義」のテーゼについて解釈が不徹底だったみたいで申し訳ないです。
僕の中では(ゲーム視されてる現状については認識が甘かったかも知れん)、連れ合い見つけることの問題も「人生ゲーム(という言い回しに、僕はちっとも蔑みは感じてないです念為)」のパラメータの一つだ、っていうつもりだったので、前述のような書き込みになった訳でして、なんで監督の

>恋愛ゲームなんかよりも人生ゲームのほうが本番だ

というのは全肯定です。そのうえで、日常に直面して幻滅する奴もいるんだろうけどそうじゃない奴もいるだろう、ユーレカが見つかりゃあメッケモンじゃないか、っていう希望は捨てたくないんです。

だから、恋愛資本主義(の中でうたわれてるヒエラルキー)という実態があるのなら確かにそれは糞面白くもない代物だと思うし、突っ込むべきはそこだと思ってたんで、その辺言葉足りなかったことは深く反省です。

ただまあ、「幸せマイホームごっこ」については、楽しいとは思うんだ。外から見るのじゃなく、主体としてみれば。
いかにもステロタイプで「自分の視点」に鈍感でありすぎる「借り物のニセモノ」感を糾弾する点には激しく共感するんですが、でも。
そういう観点からだと「自分で決めた」オタク陣営の新基準についてもその糾弾は当てはまってしまうよ。
結句、基準(ルール)というのは「括り」であって、やっぱり例外や疎外を内包してしまうものだもの。
そして、基準(ルール)というのもまた、共有して初めて実効性を持つものだもの。

「研ぎすました価値観」というのは、重要な要素の一つではあるけれど、スタートにはなりにくいのではないだろうか。っていう風にも、思います。

> すまん訂正します

>「見合い」の意味するものは、限りなく「恋愛敗者」に近いと思われませんか?
考え直してみ捉え方がずれてきているんだよね
家同士の結びつきと捉えた、旧来の結婚と
自由恋愛の末の、現在の結婚観として考えて見るべきだった

よって同意です

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://zmock022.blog19.fc2.com/tb.php/412-91a2dff8

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。