エヴァンゲリオン終盤の4話 

[2006/06/24] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(1) | TOP ▲

 エヴァンゲリオンの第弐拾四話「最後のシ者」で、カヲル君に簡単に心を開いてしまうシンジ君が解せないなぁと書いたら、みなさんからいろいろご意見をいただきました。

本来ならザンボやブレン同様にラストへのステップだったんでしょうが、その後がああいう結末だったのでカヲル君のエピソードだけ浮いて見えるのかと。(わんこさん)


 うーん、浮いてるって言うか、単にはしょり過ぎかなというのが私の感想です。「ああいう結末」の引き金を引いちゃった重大な事件なんですよねぇ? もうちょっと丁寧に過程を描いてくれればいいのにな、ということです。荒い荒いと言われるブレンパワードだって、本線の情はビシーッと繋がってると思いました。彼の存在は「ああいう結末」の中で重視されているらしいから、よけいにそう思うのです。

エヴァ放映当時にダイレクトに思春期だった「男の子」にしか分からない、渚カヲルの変な魅力みたいなのが、あったのかも知れない。私にも囚人さんにも分からなかったような、時代の空気みたいなものをまとっていたかも知れない。(zsphereさん)


 カヲル君が人気があるんだから、そういうこともあるんでしょうかね。けどね、コミュニケーション能力に欠陥のある人間ばかりを描いてきて、急にこんな人物(っていうか、人じゃないんだけど)を出してくるって、それで主人公のリアクションが妙に違って見えてしまうのって、ちょっと反則っぽいと思っちゃうなぁ。特に女性ファンから見たら、思い入れの対象になる少年ってカヲル君ぐらいですしね。だけど、それって「なんだよ、やっぱりこういうのがいいのかよ」って、なんだか不満~。(笑)

さんざん心が弱ってる時に「すべてわかってるんだよ」という雰囲気で相手の心に入り込もうとするナンパテクニックの持ち主カヲルにころっと引っかかったと。
一話しか登場していないにもかかわらず、腐女子に強烈な印象を与えているというのは、女の子の方がカヲル君の魅力をよく分かるのかもしれません。(のりのりさん)


 女心の分からないやつと言うのは私のことですので、いやはやなんとも。(笑)
 私なんかは、ころっと引っかけられてると少しでも感じたら激しく反発してしまうんですが、掌で転がされる快感というのもあるのかなぁ?
 作者のうまい手の内に乗せられること自体は決して否定しないんですけど、ここまでずいぶん手をかけて緻密な積み上げで見せてきた作品で、終盤になってこうなるんだなぁと。

>「air」でいきなり冒頭からあそこまで呆けているシンジ君が解せない。

ヒント1:エヴァの終盤~劇場版は庵野監督の精神状態を反映しています(と、とられます)。

ヒント2:Airのシンジの精神状態は終わる世界のそれと同じです。

何のことはない、庵野監督自身の精神が当時かなり追い詰められてたってこと(らしい)です。(再びのりのりさん)


 劇場版はさておいて、テレビ版の終盤4話というのは、週一回ペースでこのクオリティのアニメを制作し続けようとすることの、必然の帰着を見たような気がします。それこそ「活動限界点を超えたら、あとは暴走?」みたいな。(まさに限界点が「涙」と「最後のシ者」で、残り二話が暴走っすね。)
 けど、それは駄目って言ってるんじゃなくて、よくそこまでやったというか、私は案外問題のテレビ版ラスト二話も嫌いじゃないです。行くトコまで行っちゃってるってのがストレートに見えてるから。(あまり作為じゃなくて、案外素でああいう風にしかできなかったのではないかなぁ。)
 ただ、そういう作り手のこととか、たぶん当時の熱狂してる人たちには全然眼中になくて、勝手に「あーだこーだ」と。(笑)
 半分はオタクへの嫌味で、半分は自分への嫌味で、バケツで水をかけるみたいにラスト二話は作ったと庵野さんは言っているみたいですけど、それはその状況を見て、後からそう思ったのじゃないのかな、と私は。
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コメント

>

女性は現実にはかなり打算的ですが、
妄想は妄想として楽しむ度量も持っているようです。

で、分かっててだまされたり、自分の気持ちそのものまでもだませたりするのでしょう。

ただ、男だから女だからといったところで…

「女心と秋の空」なんて言葉を
よく聞きますけど、
もともと「男心」ですもの。

「妄想は妄想として楽しんでいる」
萌えオタの男子も同様でしょ?

たいした差はありませんよ。


庵野監督は
自分の精神的な追い詰められ方は
割と冷静に見てたと思いますよ。

多分、自分の観察は興味あるし、
観察対象(モノ)としての他人には興味あるかもしれませんが、
オタクは大して興味のある対象では
なかったと思います。

>カヲル君に簡単に心を開いてしまうシンジ君が解せないなぁと
まあ、解せないのは当然だと思います。
私も分かりません。

>もうちょっと丁寧に過程を描いてくれればいいのにな
他に描きようがあったかといわれると思いつかないですね。

何も不得手な人にドラマをやらせようとしなくても、という意味も含めて。

ドラマをかけない人間が
どうにかドラマもどきをつくるために
作った生活感のない舞台装置
「第3新東京市」、

そこから登場人物を排除し、
舞台装置そのものを撤去し、
もう舞台そのものしか残っていないような状況では

あのくらい非現実的なキャラクターの方が似合っているというか(単なる理想のキャラクターとして出てきて、もうすがるしかなかった)、

もうシンジが自分で勝手に信じて勝手に裏切られたとおもって、
一人で追い詰められてるのと
大して代わらなかったんじゃないでしょうか?

-----
思春期の少年少女で
自分が何も言わなくても
自分の欲している対応で
心に心地よく触れてくれる
そんな何者かが欲しいという欲求がある人には
ヒットするんだと思います。

ちなみに、コミックス版はカヲルとシンジの関係性も結構違うようです。

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