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エヴァの「ここが謎ですよ」考 

[2006/06/22] | 随想系 | トラックバック(0) | コメント(3) | TOP ▲

『エヴァ』ではシリーズを通じて「これは謎ですよ」とはっきりとポイントを提示している場合が多い。設定が複雑なだけで、視聴者がその内容に興味を持てない作品との差がそこにある。
(WEBアニメスタイル_COLUMN アニメ様の七転八倒 第57回 エヴァ雑記「第弐拾四話 最後のシ者」)


 この連載面白くて、ずっと読ませてもらってます。序盤の方のとっつきようがないように思えたエピソードまで、いろんな資料を駆使して見所を上手に解説しているんです。しかもすごい更新ペースで。
 やっぱり本職は違うなぁと感心。アニメ好きのブログって、各種資料とかを一生懸命集めて、たぶん行き着くところはこういう読み応えのある記事を次々と書きたいって思ってしまうのかもしれないんだけど、昼間働いて、ヘロヘロになって帰ってきて、寝る前のわずかな余暇に作品見たりブログ書いたりしてるレベルじゃ、絶対こんな本職の足元にも及ばないですよね。
 ちょっと脱線しましたが、「最後のシ者」について書かれたこの記事も、このエピソードの見所がびっしりと書かれているんですけど。珍しく少し違和感を感じました。前にも書いたかもしれませんが、一話前の「涙」とこのエピソード。物語の中ですごく重要なパートであるはずなのに、話が走るなぁという印象がどうしても強くて。
 カヲル君がシンジの心に重要な位置を占めるようになる、それが「巧みなコミュニケーション能力」という一言で片付けられちゃう。なんかもうちょっと過程というものがあるだろう、と思うのですよ。女性にはプレッシャーを感じるから同性には気を許す、そういうのはあるって分かる。(そういう意味では、ちょっとヲタ友っぽいけどね。)だけどいくら寂しいときだからって、ここまで一気に心の中に入ってきたら、警戒するのがシンジ君というキャラクターだったような気がします。
 なんかね、単純に早すぎるって思うのですよ。物語の設定上の時間がどうなってるのか分からないけど、少なくともアニメとして画面に出てる時間がどうにも短い。劇場版は最終二話の「補完」にこだわったのも分かるんだけど、物語のボリュームからしたら、「涙」以降の四話ぐらいをじっくり描きなおすのでもよかったのじゃないかと、そういう個人的感想があります。(「air」でいきなり冒頭からあそこまで呆けているシンジ君が解せない。)
 こんな思いから、この解説を読み返すと、「ハイ、ここが謎ですよ」→ 「ハイ、ここはこう見ましょう」というのが、ちょっときれいに出来すぎてるような気がしてきてしまいます。まあ私がへそ曲がりなのかもしれませんが。
 やっぱり本職というのは、基本「褒める」の方向なので、批判的なことはあまり書かないのですよね。うぅむ・・・。
 くっきーもんすたーさんの書く文は、味わいがありますよね。よく練られた文章が書ける人はうらやましい。想いを叩きつけてるつもりではないんですが、私は書かないと、単純に忘れちゃうんですよ。(って今日、子犬さんのところでもコメントしましたけど。)で、忘れてもいいんだけど、同じ所をぐるぐる回りになっちゃって、そうするとやっぱり「腐って」くるんです、私の場合。練ってるつもりがひね曲がっちゃって、自分でもわけ分からなくなったりとか日常的風景。(笑)

 ルロイさんが「エマ×レコア」で書いてることとか、すごく気になってコメントしてみたいんだけど、とても一口では言えそうもなかったりとか・・・。

 あ、全然関係ないんですが、(笑)
「プリンに醤油をかけて食べるとウニの味がする」
・・・これ、どなたかご存知ですか?

 本当なのかな~ 気になる~(笑)
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[tag] エヴァンゲリオン fc2ファビコン

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コメント

> 本来なら

ザンボやブレン同様にラストへのステップだったんでしょうが、その後がああいう結末だったのでカヲル君のエピソードだけ浮いて見えるのかと。(個人的にエヴァの熱心なファンでもなかったので、かなり間違った認識をしているかも、、。あとマンガ版でなんとなくカヲル君の性格が、もう少しよく分かったような気がする)

>

 私はエヴァはかなりヒネた目で見てましたが、私の弟はどっぷり浸かっていて、恥ずかしくも(笑)渚カヲルに完全に毒されていました。
 なんか作中の絵入りの、カヲル君だけのプロモーション文庫(?)みたいなの持ってたし。
 私にはあれは分からなかった。

 けど逆を言えば、エヴァ放映当時にダイレクトに思春期だった「男の子」にしか分からない、渚カヲルの変な魅力みたいなのが、あったのかも知れない。私にも囚人さんにも分からなかったような、時代の空気みたいなものをまとっていたかも知れない。
 そんな事をふと思ったりするのでした。

>

エヴァの後半はシンジに改めて「エヴァに乗る意味」について問いかける内容になっていて、19話でエヴァに乗る意味について「皆を守るため」的な回答、すなわち普通のアニメ風回答を出しています。その回答を父親に突きつけた直後に母親に取り込まれますが(笑)

その後、
アスカの崩壊に対し何も出来ず、
綾波も死んでしまった後、衝撃のヒミツを知ってしまう、

シンジの最後のアイデンティティを崩すことで、精神をどんどんと追い詰めて行ってるわけです。

で、さんざん心が弱ってる時に
「すべてわかってるんだよ」という雰囲気で相手の心に入り込もうとするナンパテクニックの持ち主カヲルにころっと引っかかったと。
一話しか登場していないにもかかわらず、腐女子に強烈な印象を与えているというのは、女の子の方がカヲル君の魅力をよく分かるのかもしれません。

カヲル君論に関しては腐女子に一日の長があると思います。そういや、ジュネ系の出版社が出したエヴァ本、実家にあるな。

もしくは言われている「コミュニケーション能力」ってホストのそれか?

追記
>「air」でいきなり冒頭からあそこまで呆けているシンジ君が解せない。

ヒント1:エヴァの終盤~劇場版は庵野監督の精神状態を反映しています(と、とられます)。

ヒント2:Airのシンジの精神状態は終わる世界のそれと同じです。

何のことはない、庵野監督自身の精神が当時かなり追い詰められてたってこと(らしい)です。

>第弐拾参話でミサトがシンジを慰めようと考えて手を握ろうとしたが、シンジに拒絶されている。
だってあれ純粋に慰めようなんて思ってないし。
自分が加持を無くしてる喪失感と
それを埋める(誤魔化す)手段を自分基準で選んじゃってるからでしょう。

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