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大衆の目線 

[2006/05/20] | アニメ全般な話題 | トラックバック(0) | コメント(4) | TOP ▲

 ただいま!です。(笑)
 研修だけの楽な出張・・・のはずだったのですが、二日酔いの体を引きずって、今日は一体どれだけ歩いたんだろう???
 囚人さんへろへろです。(爆)

ガンダムⅠのキャスティングは松竹側の保険なんでしょうね。主題歌にしても後の富野作品とはちょっと傾向が違うような気がします。


 ♪らいりー らいりー らいりー りらー♪ ・・・ですね。(笑)
 私も正直、当時は「なんだかなー」と思ってましたが、∀ガンダムのエンディングを聞いてからは「こういうのもありかなー」と思うようになりました。でも劇場版一作目はやっぱり「映画」というものに対して御大も腰が引けている感じが強くあったのは事実だと思います。(その分、『哀・戦士』は開き直ったみたいにはっちゃけてましたけど。)

 一言で言えば「濃い」と言いたくなる湖川キャラは、たしかに宮崎キャラとは好対照でしょうね。富野さんとの相性は凄くよかったと思うのですが、御大ってイメージが固定化するのが厭な人(特にビジュアル面で)だというような印象があります。

かつてのマンガに「死」を持ち込んだのは手塚治虫氏だ、と聞いた事があります。

なるほど。「そういう事にこだわらないのは伝統というか、マンガというものが本来持ってる性格」というのに素直にうなづくべきか悩みます。
というのは、浮世絵は大衆のものだったけど、無批判に大衆に迎合していただけではなかったと聞きますから。



 昨日は泥酔状態で携帯から書いてましたから、何を言いたいのか、不思議なことを書いてますね。(笑)
 「マンガは浮世絵の正当な後継者だ」というのは私の持論です。アニメもそうだと思っています。それが大衆のものであることが重要だと思っています。
 浮世絵はアートというよりもメディアだったと思うのですね。そして生も死も飲み込んで、とても混沌として雑然として、そのえげつなさがたぶん凄い所ではなかったかと。
 何が言いたいかというと、「芸能」とか言いながら富野さんがやろうとしてることはそういう意味で浮世絵的に正統である、のではないかと。・・・ただね、往々にして大衆的な目線よりも「高いところ」から作品を作ってしまっている、という気はするのです。
 宮崎さんの初期作品は優れて大衆的なところに確かな基盤を持っていた気がします。(別にサヨク的な意味ではなくてね。)それは近作でも根本は大衆的な目線で作られている気がするのに、何か「啓蒙」するような内容を含んで見せるから、なんだかときどき鼻につくのではないのかなぁ。この人の仕事は純粋に娯楽を目指すので全然かまわないのじゃないかと。(自然体からにじみ出るぐらいで、ちょうどいい味が出るような気がするんですけどねー。)

 うーん、今日はやっぱりへろへろだ・・・。何を言っているのか自分でもさっぱり分からない。(爆)

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コメント

> んー。

私は「よく分かった」ぞ(笑)。
とーってもよく分かる!うん、そうだ、その通りだと思う!
☆☆(゜-゜)ウンッ☆☆

> きっと

宮崎氏は大塚康生氏と組まなくなってから、テーマ重視になったんだと思う。また作画面での力強さが、やや無くなったような感じもする。

ところでジブリ制作になってからの宮崎作品って、なんだかバランスの悪さを感じていた。ひょっとしたら宮崎氏の作業量が増えてしまい、どこかコントロールしきれていないところがあったのかも。

初見で腑に落ちたのは、実は「もののけ姫」あたりからだったりする。血反吐を吐き始めてからの方が面白い。

久々にイデオンを観たら、イデオンにおける湖川キャラの存在感って本当に素晴らしい。そんな湖川ファンにとっての興味深い作品は「さらば宇宙戦艦ヤマト」。湖川、安彦両氏の作画が交互に観られるんですよ。

> TV番組の映画化

映画興行の世界というのも
その世界に生きる人にとっての常識が
あるようで、
TVアニメの映画化の場合、一時期、
実写畑の監督を(名ばかりながら)すえるというのは映画関係者を納得させるためのものだったようです。

宮崎映画のキャスティングは映画関係者のみならず、アニメファン以外の多くの人を納得させる(話題づくり)のために行われてるのでしょう。

*タレントの声優というのは、実際上手くないことが多いのでしょうが、アニメ芝居というのも演技過剰というか、ナチュラルな芝居、みたいなのが頭っから否定的に捉えられてるような。富野作品ほどの演技指導がないのが理由かな。

>浮世絵はアートというよりもメディアだったと思うのですね。
なんだかどこかで歌舞伎や落語について似たようなことを
思った/聞いたような記憶が。
歌舞伎・落語は芸という部分では
それを行う人の技の評価というのはありますけど、
中身(コンテンツ)に関して言えば、当時の世相、風俗を反映しているものでしかない。

あと、あれだ。
オタク文化のご先祖様(の一つ)といえば「源氏物語」は欠かせないでしょう。それとありがちな例で「土佐日記」。
そういや日本人のHPってメインコンテンツが「日記」タイプのものが多いイメージがあって
その機能に特化した「ブログ」がブームになるのってやっぱり日記文学が
根付いていたからでしょうか?

>別にサヨク的な
宮崎さんはパンダ好きですからね。
パンダパパンダコパンダ♪
噂ばかりで本来の思想面がどうなのかはよく分かりませんが。

ノンポリなのに
学生時代は体制側(右)にいたらしい
富野監督とはある意味対照的かも知れません(あー、ダバなんかが反乱軍の中で注目されて、巻き込まれていくのを嫌がるのってそういう時代の経験か…)

あと何で日本がマンガ大国になったのかについても富野監督は語られてますね(話が分散しすぎてますので、機会があったらまた書き込みます。ヒントは舞台の上手下手)

> 源氏物語!

特に「絵巻」はぶっちゃけ「世界最初の少女コミック」ですよね。
アレは間違いなくオタク物。ρ(゜)

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