荒さを賛美したい、という荒い雑感w 

[2006/05/09] | 御大 | トラックバック(0) | コメント(3) | TOP ▲

 ニュータイプが受け入れられなかったのは、時代の流れや受け手の心の問題以前に、単にファーストガンダムでの提示のされ方の違いがあったからかも知れないわけで。


 うーむ、なるほど。「ロボットものという部分は受け入れられたのに、ニュータイプという部分が受け入れられなかったのはなぜか」という問いを深読みする以前に、単純にその部分の提示のしかた(特に導入部分)がまずかったという可能性ですか。そのほうがナチュラルかもしれないですね。(「不滅の名作」視されてる作品ですけど、そういう視点を失ってしまっちゃ話にならない。)
 言ってくださってありがとう。もう少し考えて見ます。

 完成度の高さとは、作画のよしあしも当然入るんですけど、それだけじゃなくて過不足なく物語の環がきれいに閉じているということとか、前回書いたことは主にそういうことなんですけど。そこの小さくまとまらない所が富野アニメの豊かさでもあるんで、簡単には言えないんですけどね。

富野作品は昔から作画があんまり良くなかった。でも不思議なんですが、調子のいい時の富野作品って絵が悪くても気にならなくなるんですね。とても引き込まれる。


 激しく同意。(笑)
 ディティールが過剰って言うよりも、本筋そのものさえも多義的に読めるので、あらゆる部分が不可分に全体を構成していると言うのか・・・。そのわりに全体としては一見、整合性が取れてなくて荒かったりもするのですけどね。ほんとに飽きません。
 ・・・にしても、作画。富野さん自身がアニメーター上がりじゃないこともあって、動き重視に対して「絵」の部分には何か変な思い込みでもあるんじゃないかとさえ思ってしまいますね。(サンライズの問題だけとも思えない。)
 正直な所、いささか荒い作画が目に馴染んでしまって、作画のすばらしい富野アニメってイメージしにくかったりするのですが。極論すると、筋だて筋はこびの荒っぽさと程よくシンクロしていると言うか。(大衆芸能的なものへの志向?嗜好?)
 
 きれいに完結することへの違和感であるとか?(∀ガンダムはそうでもないか・・・。)
 富野さんの作品は何かへの「アンチ」であるときに凄い切れ味を見せることであることとか?(アンチ美学?)
 考えてみたくなることが、たくさんたくさんあって、ほんとに、ほんとに飽きないのであります。(笑)

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コメント

> ニュータイプが描かれなくなったこと

アニメ作品に限らずラストのオチに奇跡的な事柄を持ってくる場合がある。その作品がシリーズ化されることになった時に、その奇跡的なことを前提として物語を継続し続けたところ、現実との乖離が激しくなり、リアリティが損なわれた、ということも有るかもしれません。
どうしても印象的な部分は、表現がエスカレートしてしまいがちですものね。

それにしてもZの超能力合戦はガンダムとつかなければ、それほど違和感を感じなかったと思う。ひょっとしたら作画に安彦氏が加わっていれば、もう少し印象が違ったかもしれない。

富野作品は本当にこじんまりまとまらないですね。視聴者に安心させてくれない(笑)。そんな中で今度の劇場版Zガンダムは、新旧富野様式の折衷がみられるという、興味深い作品です。(ここのところの作品の傾向から、富野監督はダンバインからZに心残りがあったのかも)

Zのラストをみると最近の富野作品はきれいに完結する方向にあるのかもしれない。(それもエヴァの影響かな?)

> ミケランジェロと中島みゆき

トミノさんと似ているところは彫刻で「頭部にはわざと荒い部分を残して、衣の部分だけは弟子に仕上げを任せる」とか『アンバランスさ』が持つ美というのを大事にしている気がします。リアリズムと、ものすごいロマンティシズムが攻めぎあいながら競合してるんですよねー。

>『動き重視に対して「絵」の部分には何か変な思い込みでもあるんじゃないか』。

御本人のコメントですが、「僕は絵は描けないけれど、絵心はある」と言っていました。宮崎駿や押井守のように作画を完成させてしまうとみんなビジュアルばかりに目を奪われてメッセージやテーマに対する求心力というものを見落としてしまいます。だから意図的にビジュアルを完璧に整えるのを避けているのだと思っています。「映像という選択肢を選んだが、それは言葉を伝えるためにたまたま適性があったジャンルがこれだった」とも言っていました。映像と歌が入れ替わりますが、中島みゆきもこれと全く同じ発言をしています。言葉のためにアニメを作っているからこそ、異端児にみえるのでしょう。

>

>富野さんの作品は何かへの「アンチ」であるときに凄い切れ味を見せることであることとか?(アンチ美学?)
私がイメージしてたのは
「アンチ」じゃなくて「仮想敵」という感じです。

アンチというとその対象を否定する
イメージがあります。
どちらかというと、
大きな影響力を持つ作品に対する
それに勝つものを打ち出したいという
対抗心、というか。

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