ブレンパワードの魅力(の一面) 

[2006/04/27] | 随想系 | トラックバック(0) | コメント(1) | TOP ▲

「世代を重ねる意味」については
そんな遺伝的アルゴリズム的な話ではなくて、
単に
人は
手前1人でおぎゃあと生まれて1人で勝手に死んでいくものではなくて、
それには他の人が大なり小なり関わっていることを忘れさせないための言葉でしょう。
少なくとも縦の繋がり(世代)は無視できないですから。


うん。たぶんそうかもしれないですね。少なくとも映像の中で語られていることはそういうことだと思います。ただ、ブレンという作品は、こういう深読みというのか、思索の翼を広げていくことというのか、そういうことを許容する懐の深さがあるような気が勝手にしています。
 エヴァとブレンを並行して見ていくという変なことを続行しているんですが、不思議な専門用語がぽんぽん出てくると言うのは同じでも、エヴァのそれは宗教的だったり哲学的だったり、人間の“知”に関わるもの中心である印象ですが、ブレンのほうは自然科学的と言うか、生命の本源的なあり方に関わるものが記憶に残ります。
 それで人間社会のことから考えを拡大してしまったのですが。
 「だからみんな、死んでしまえばいいのに」にせよ「生きろ」にせよ、まだ何か頭で考えてしまっているところがあるような気がして。「頼まれなくたって生きてやる」と言い切れるものは、理屈ではないからこそ、むしろ自然科学的なものからこそ遠まわしに導き出される部分があるのではないでしょうか。
 縦の世代的つながり、横の社会的つながり、そうしたものからこそ「生きる」ことの意味が見出されるというのは、東洋的な自然観であり人間観でもあるような気もします。「僕が・・・」というのは“個”に発する思想で、西洋的合理主義・個人主義なのじゃあないのかなと、ふとそんなことも思いました。
 宮崎監督などでも東洋的自然観を押し出してくる面は強いわけですが、彼はブレンのような作品をどんなふうに評価しているんでしょうかね。(どなたかご存知で?)

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コメント

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「だからみんな、死んでしまえばいいのに」「生きろ」「頼まれなくたって生きてやる」は指摘されてみて、見事にそれぞれの作品を言い当てているのですね。
その中で、前2者は人に対しての言葉であるのに対し、「頼まれなくて~」はもっと生物の本質的なことを言い当てているような気がする。

それと、しゃべらないし、けして可愛いデザインとはいえないブレンが最後まで観るととても愛しくなる。ロボットをみて安らぎを覚える作品って珍しいですね。

エヴァが得体の知れない禍禍しさをまとっているのに対し、家畜化されているともとれるブレンですが、見事に共生というテーマを表現していたように思います。

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