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ニュータイプは全能? 

[2006/04/26] | 御大 | トラックバック(0) | コメント(2) | TOP ▲

 答えは当然NOですね。

「ニュータイプ」を「考えて論じよう」とするところに無理があったりして(笑?)


 人がみな洞察力があれば、どう考えればいいのだろうかなんて、悩まなくてもいいのですけどね。(笑)
 Ζガンダムのハイパー化の話の流れなので「ロボットもの」という話題が出てくるのですが、“ニュータイプ”の話としては唐突な印象もありますかね。
 「大きく具体的な力を欲する願望」でも私としては問題はありません。なるほど「ロボットもの」でカッコなんかつけないほうがいいから、そのほうがいいでしょうかね。
 エリートゆえの義務ということをしばしば言う富野さんのニュータイプが、小乗的であることはあり得ない気がします。あえて言えば、全人類を宇宙に追い出そうとしたシャアの考え方は小乗的、アムロは大乗的だったでしょうか?

 強大な力を象徴する「ロボットもの」の歴史は、たぶんこの国のアニメ史の重要な部分を占めますよね。そこでの善と悪。面白い問題提起をいただいた気がします。しかしたぶん、それこそ時系列的整理が必要ですね。

1977-78  無敵超人ザンボット3
1979-80  機動戦士ガンダム
1984-85  重戦機エルガイム
1985-86  機動戦士Ζガンダム
1988   機動戦士ガンダム 逆襲のシャア
1991   機動戦士ガンダムF91
1993-94  機動戦士Vガンダム
1995-96  新世紀エヴァンゲリオン
1998   ブレンパワード
1999-2000 ∀ガンダム
2005-2006 機動戦士Ζガンダム(新訳)


 ザンボットから始めるのか、むしろその前にライディーン(ロボットものを離れれば、「海のトリトン」)が必要な気もしますが、いずれにせよ、さらにその前史があって、そこへのアンチテーゼとして提出された、単純な勧善懲悪ではないものが「いびつに進歩」していると言われるのですね。つまり一般的に悪役サイドの微細な描写に比べ、“正義”のヒーローは、その力の限界ばかりが強調される傾向がある、と。確かにそうだと思います。
 私の最近の持論は、富野さんに関して言えば、『ガンダム』こそヤマト憎しの反動でできたイレギュラーな作品だということです。“ニュータイプ”というのは、そのイレギュラーを自分のグラウンドに引き戻すために必要なものであったのに、広範な支持を得られなかったのじゃあないでしょうか。
 つまり「大きく具体的な力を欲する願望」の延長線上で、Ζガンダムがハイパー化することを、人々は受け入れてくれない。モビルスーツという架空の巨大人型兵器はOKでニュータイプはNGだという反応は、機械の進歩の可能性は信じられても、人の革新の可能性はまったく信じられないという現われなのか、私には興味深い問題なのですよ。

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コメント

> もともとニュータイプって

主人公がなぜ強いかっていう設定に過ぎなかったものが、いつの間にかテーマにまでなってしまい、挙句論争までおこすようになってしまったという、とても厄介なものです。

ファーストには他にミノフスキー粒子があり、こちらは応用が利くようですが、NTはなかなか難しいようです。
おかげでF91以降はNTが登場しなくなってしまいました。(物語的にはNTの縛りが無い方が自由な感じがする)

そういえば、ガンダムに影響を与えたものといえばスターウォーズも忘れてはいけないでしょう。案外NTってフォースをみて思いついたのかも。

> んー。

まあ、そんなものじゃないんでしょうか。
そんなにいろいろこねくり回すようなものじゃないんですよ、きっと。

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