考えがまとまりません 

[2006/04/19] | ブログ日記 | トラックバック(0) | コメント(3) | TOP ▲

 「ニュータイプ」ですか・・・。『星の鼓動は愛』を観たバルタザールさんが、そこに引っかかりを感じてしまったと聞いてから、久しく考えてきているはずのこの話題について、自分なりに整理してみようと思いながら、なかなかうまくまとまりません。

・「人の革新」への願望
・エリートゆえに生じる義務
・人の思いを拡張するメディアとしての「巨大ロボットもの」

 そんなことが頭の中でグルグルしています。
 もう少し、考えて見ますね。
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コメント

> ニュータイプ?

バニラアイスのチョコチップみたいなもんじゃない?あったら嬉しいけど、別になかったらないで納得出来る・・・。

> ニュータイプやのに

「ニュータイプ」を「考えて論じよう」とするところに無理があったりして(笑?)

>・エリートゆえに生じる義務
ノーブレス・オブリージ(貴族の義務)みたいなものですかね。
ガンダム世界ならコスモ貴族主義ですな。

持つもの(財、地位、才能)の義務でしょう。

ニュータイプが
人を導こうとするあたりで
それはニュータイプではないのかもしれません。

まあ、ニュータイプが小乗的(個人の悟り)な存在なのか、
大乗的「(全能なら)すべてを救って見せろ」な存在なのかによりますが。

>・人の思いを拡張するメディアとしての「巨大ロボットもの」
「巨大ロボット」なんてものにそんなご大層な意味を持たせようとするところは
誤りのもとなのではないでしょうか?

大きく具体的な力を欲する願望、という程度でよいのでしょう。

エンターテインメント作品として
相対する「悪」の描き方の方が
いびつに進歩しているのが日本のアニメ(他、子供向け作品と分類される多くの作品)の現状だと思われます。

トミノ作品で言えば、
具体的な力を持つ神ファミリーが
人間爆弾にされた人を救えないという
のは、悪に対する「ヒーロー性の力」の限界を示しています。

逆に、
ギンガナムみたいな力を持っただけの
存在が∀の最後の敵なのは、
ヒーローを描くべきロボットアニメの限界を示してます。

Zガンダムでシロッコみたいなキャラが
具体的な力であるMSで出てくるのは
ロボットアニメの体裁を整えるため
以外の何者でもないと思えます。

まあ、シロッコみたいのがでてくるのはショットで十分には描き損ねた女を戦わせて自分は裏で暗躍する人間を
アマンダラで作り上げ、それに連なるキャラだからでしょう。

フォウもだな。
サブングルのエルチ、エルガイムのポセイダル(ミアン)と来る
「操り人形」キャラの系譜でしょう。
だからTV放映時のフォウの声はポセイダルの声の存在感が必要なわけで、
逆に新訳において島津さんの
声では力がありすぎてカミーユが引き込まれてしまうかもしれません。

> うはー

やっぱ勉強になるっす。
俺チョコ結構好きなんですよう。食べだすと、ついチョコの部分をあとにまわしたくなる質なんす(好物は残しとく主義者w)。
普遍性は確かに大事だけど、たしかに作品を吟味するには作家の意図を深く知る作業はするに越した事はないですね。

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