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『ブレンパワード』ってロボットアニメなのかな? 

[2006/03/18] | 御大 | トラックバック(0) | コメント(1) | TOP ▲

『ブレンパワード』の言葉にならない感想を、なんとかもう少しだけ言葉にしてみようと思います。ネットでの評判を見ると、完全に両極端というか。熱烈な支持か、激しい批判かといった感じですね。(まあ、それ以前にあまり知られていないと言うのもあるんですが。)

“ロボットアニメの巨匠”とか言われたりする富野さんですが、そんな呼び方をされるのは、たぶん本人は嬉しくないと思います。
非常に富野さんの個性が色濃く出た『ブレンパワード』という作品は、一見いわゆるロボットアニメ風の構造を持っているかにも見えるので、そういうものを期待して観てしまう人もいるのでありましょう。たしかに富野御大はロボットアニメ“職人”とでも言うか、ガンダムだけではなく、この手の作品をこれまで数多く手がけ、また、そのエンターテイメントのツボをよく知っている人だと思います。(・・・と言うか、ツボを知っていて、わざと少しはずしてみたりとか、芸が細かい。)近作では、かなり的確にそのツボを突いてきたのが『キングゲイナー』だったですね。そういう意味で、『ブレンパワード』はキンゲと対にして考えると面白いかもしれません。(『∀ガンダム』は、“ガンダム”というだけで、別のプレッシャーがかかってきそうなので、ここでは除外・・・。)

ロボットアニメの面白さもいろいろあります。なにしろリアル路線、スパロボ路線を問わず、個性的なロボットがガシガシと闘いの火花を散らす爽快感は、私も嫌いではありません。それは大人から子どもまで幅広い世代が楽しめるものでもあります。
しかし富野さんという人は、かなり一貫して、その種の爽快感ばかりに頼っていたら駄目だと主張してきた人です。極端に言えば、その爽快感にはストーリーもテーマもいらない。ちょっとそれっぽい設定があって、あとは「ガシガシ」と鋼と鋼がぶつかり合うプロレスを、盛り上がりたっぷりに演出してさえあればいいんですからね。
だから、「これは飯の種なんだ。自分は一職人に過ぎない」という考え方に徹すれば、ある程度計算は立つ。ところがフィルモグラフィーを振り返って考えてみても、富野さんという人は、どうしてもそこだけでは留まらない。何かロボットプロレスにも“味付け”をせずにはいられない人です。そしてむしろロボットアニメのタブー的な部分に挑戦する味付けで、特異な表現者として認められてきた人なのですよね。それはたぶん、近年しばしば口にする「公共」に向かって作品を表現するということへの意識の現われかと。

じゃあ『ブレンパワード』はエンターテイメントじゃないのかというと、私は違うと思うのです。たまたま「ロボットアニメ風のエンターテイメント」ではないというだけで、しびれるぐらい物語に酔える。これはすばらしいエンターテイメントだし、では大人限定かというと、それは子どもを舐めすぎなんで、小学校高学年ぐらいになったら、このぐらいの味わいは感得できると私は思います。(むしろ子どもにも積極的に見せたい、見せるべき。)もちろん、「理解できるか?」という問いかけは残る。だけど、これ、大人だって「理解」という言い方では難しい作品じゃないかな。『ブレンパワード』は何かを理解するのではなく、何かを感じて考えるための作品。理解することは難しい作品だけど、感性を作品に向けて開けば、ものすごくたくさんの言葉にならないものが伝わってくる作品。違いますかね?

そういう意味でいったら、設定がものすごく曖昧なまま終わっていくのも、(結局“オルファン”ってなんだったの?とか)考えるための余地が残されているもので、そう考えると実に多義的で、説明とは違う配慮が行き届いている。(キンゲの最後でも“アーリーオーバーマンの謎”とかは残されたままだったけど、それでいいんだと改めて強く思います。)ガジガジに作りこまれた設定の中で、キャラクターが辻褄合わせに物語をつむぐよりも、こうした“夢幻譚”めいたファンタジー空間の中で、観た人それぞれに想像の翼を育むことのほうが、はるかに精神的に豊かな体験ではないのかと。

・・・という風に考えてきて、はたと思ってしまった。『ブレンパワード』と言う作品は、ロボットアニメはおろか、アニメである意味すら、実際のところ「どうなんだろう?」と。
このような世界観の作品は、実写と特撮で作ったら、もしかしたらもっと映像としてスゴいものが表現できたかも。
『ブレンパワード』は、富野さんがかなり自分の想いに忠実に作った作品のような気がします。毎度この作家は、あれやこれやと過激ふうな意見を言っている割には、どこかでファンへのサービスだか配慮だかに引きずられてしまうところがあるような。それが、この作品では、もしかしたら余計なことを考える余裕がなかったのが幸いしたのか、富野監督らしい個性が隅々まで行き渡っている。そうした作品が、「アニメじゃなく実写でも良かったかもね」という印象も残すのは、御大が常々、「実写も撮ってみたい」と言っていることと符合しているのかもしれないですよね。これを観たら、富野さんの実写映画も一度でいいから観てみたい、素直にそう思いました。

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蛇足ですが、超・個人的に『ブレンパワード』を観おわる前に『星の鼓動は愛』を観ることができてよかったです。
というのは、ブレンを観たあとで新訳Ζを俯瞰すると、「もっと徹底的に好きなようにやればいいんじゃないのか、君は!」という想いが強く沸き起こってきてしまうのです。(笑)
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コメント

> ブレンは傑作だと思う

最初は意味不明な作品でしたが、核ミサイルをチャクラで止めるエピソードあたりから、非常に深い感動に包まれ、最終回は涙なくしては観られませんでした。お涙頂戴な作品ならともかく、こんな心地良い作品、それもロボットアニメで涙がでたのは初めてでした。(後にターンエーの前半でも感動)すぐさま最初からもう一度見直すと「なんて面白い作品だったんだ」ということを理解。
それにしても、この作品は繰り返して観ないと本質が理解できないという厄介さがありますね。

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