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ぐちゃぐちゃになって生きていくしかないんだよね 

[2006/03/14] | 新訳Ζ | トラックバック(0) | コメント(1) | TOP ▲

『星の鼓動は愛』で、ついに完結を見た新訳『Ζガンダム』について、ようやくある程度、思っていることは書いたかな、という気がしてきております。(いろいろ道を間違えたり、回り道をしたりしましたが、皆さん、付き合ってくださってありがとうございます。)
交流のある皆さんの中で、まだここでご紹介していない感想について、触れさせていただきたいと思います。

ラジヨ・オンライン 
劇場版「ガンダム」と「Z」の違い (1)


『機動戦士ガンダム』劇場版三部作と、新訳Ζ三部作の対比を試みる視点ですね。(1)ということは、これから連載されていくということのようで、楽しみです。
『ガンダム』がリアリズムに軸足を置いていたのに対して、『Ζガンダム』が持つ

ある日突然、自分の日常とかけ離れた異世界に放り込まれ、今までの生活とかけ離れた時間を過ごし、その過酷な試練の連続にもまれて成長し、悪の大王を倒して、そして自分を好いてくれる幼なじみの女の子のもとに帰還する

という物語の構造は、“冒険ファンタジー”なのではないか。そしてこの種の物語のキモである「帰還」が新訳でなされたのではないか、と。
何だか私のような考え方だと、せっかくの新訳が、やっぱり鬱々としてしまう点がありました。ラジヨさんのような視点からはどんな感想が紡ぎだされるのか、続きを楽しみにしています。

カオスの縁 ――無節操日記
新訳Z第三部、見てきました


「こんなに分かりやすい構図にしちゃっていいのかな」ですか。いや、zsphereさんのような人にはそうでしょうけど、私を含め、“人々という愚民”には、そんなに分かりやすくないですってば!(笑)
「要するにこれ、《男》と《女》の対立図式の話だよね」というところでは、まだ漠然とは分かるけど・・・って感じでしたが、「カミーユが、いわゆるハイパー化で倒す人物は二人。ヤザンとシロッコ。」という指摘は「なるほどねーっ!」と思わず唸りました。

ヤザンやシロッコの性格ってのは、誰の中にでも実は潜んでる要素が象徴的に示されているような気がして・・・。戦いという競争社会の中では、勝ち残るためには相手の痛みなんか考えていられないし、リーダーは合理的な指揮をすべきだもの。理想論で正しいといえるかは別として、現実論としては一般に正しい(?)ものが敗れるという構図?
ヤザンもシロッコも見るからに悪者だから分かりやすい“勧善懲悪”に見えますけど、よく考えるとそうでもない? どうしてヤザンが脱出ポッドで生き残るシーンは残されたのでしょうね。(富野さんってば、意外とどこかでヤザンも好きなような気がしてならない・・・。それこそSM趣味の暗黒面?)

私は、今の『ガンダム』をめぐる状況の中で、「闘いそのものの快楽に酔っちゃっているやつとか、人々の執着を冷たく利用することでいい目を見ようとしてるやつなんかは、漂う意思を集めて倒さなくちゃならない」と、少なくとも富野さんはそう無意識下にも考えたのだろうなと思ったら、意外とスッキリしちゃったんですが、こういう作者の身辺に引き付けすぎた解釈では、物語の批評の本道からは離れますね。理想と現実の際どいバランス線上の物語の語り部とすれば、少し軸足が理想に拠り過ぎ?(単に甘いのか?)
「その傲慢さは、人を家畜にすることだ! 人を道具にして! それは一番、人間が人間にやっちゃいけないことなんだ!」とか。『ガンダム』をめぐる状況の文脈で読み始めると、なかなか面白いです。

カミーユが“主義者”じゃなくなったっていう観察は、感服! 
クワトロへの依存がなくなったんじゃないでしょうかね。戦う意味を考えるのはあなたの仕事、みたいなのはやっぱり子どもの理屈だ。劇場の場面で「それは違う!」と指弾するカミーユは、クワトロも含めて否定してたと思います。(新訳にダカール演説があってはならない理由も同感です!)

だから、思念でも幻でもない実体のファを抱きしめて喜んでるカミーユを見て微笑みつつも、あっちの電話にもこっちの電話にも出ていらいらしているブライトのように、ぐちゃぐちゃになって生きていくしかないんだよね、と。

あのラストは、そんな現実認知に見えた。


本当にそう!この部分で激しく同感できる感想にやっと出会えた!!
私はブライトのラストワードで終わっても良かった気がしてきました。認めて『Dybbuk』までで、グワンバンが飛んだのは蛇足なような・・・。

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えーと、懺悔(笑)
しののめさんにご指摘をいただきました。(いらっしゃいませ!)
「新しい時代を拓くのは老人ではない!」ばっかり印象に残っていたものですから、これがなくなったのは・・・と思ったのですが、何しろテレビ版はうろ覚えなもので、墓穴を掘ってしまいました。資料を買い揃えるのは正直、嫌だなと思う人なのですが、『ヒストリカ』ぐらいは買わねばならないですねー。(反省。)
だけど読んでみないと「自己解放」というのは、私にはちょっとよく分かりません。「3部作を通じてのカミーユの戦いの目的は愛しい人を死なせたくないという単純なもの」というのも。
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コメント

> ありがとうございました

 劇場版を見るにはTV版を忘れている方が好都合なのですが、比較をするのであれば(劇場版を存分に楽しまれた後で)やはり一度TV版を見直してみるのもよろしいかと存じます。案外そのままだったり、全然違ってたりして面白いですよ。Ζヒストリカについては、お気に召しましたらどうぞよろしくです。ただその02巻とは違う言葉で同じことを説明するのは、またの機会にさせてください。
 先に「頭で考えようとしないで、「体感」してほしいということです」というご自身のお言葉もありましたが、カミーユの目線に立って、彼が感じたことを「体感」すれば、見えてくるものもあろうかと思います。

 あなたがカミーユだったら、あなたは何のために戦いますか?

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