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『Dybbuk』に違和感?悩む悩む・・・ 

[2006/03/09] | 新訳Ζ | トラックバック(1) | コメント(0) | TOP ▲

そろそろ違うことを書こうかと思ってるんですが、正直、新訳Ζ『星の鼓動は愛』のこと以外は頭に浮かばないんですよね。これはビョーキだ(笑)。ルロイさんが『ゼータガンダムエース』の御大のインタビューの話を書いてるのを読んだら、漫画本なのに年甲斐もなく思わず買ってしまうし。「おいおい大丈夫?」って感じですね。(でも、まあまあ納得の買い物でした。侮れないものですね。)
しかし、頭がクールダウンしたらもう一度見に行こうと思ってるのに、これじゃ一向に冷静にならないじゃん。

で、相変わらずネットのあちこちの感想を読み散らかしているのですが。けっこう大勢の人が、エンディングにかかったGacktの曲のうち『Dybbuk』に違和感あったと書いていて、「へぇ、そうだったっけ?」と実はあまり印象に残ってなくて。富野さんがどうしても使いたかった曲なんだそうだけど、いわゆるハッピーエンドにふさわしく聞こえる『Love Letter』のあとに、どうして訳せば「悪霊」みたいな意味の曲を持ってきたのかな、ってみんな不思議がってるみたい。
私はブライトさんに「子どもの戯れを聞いていられるか」と突っ放されたショックで頭が「ポワワ~ン・・・」となりながら、エンディングを眺めていましたから、『Love Letter』→『Dybbuk』。全然違和感なんて感じませんでした。(むしろ、ひたっちゃってたかもしれない、正直、Gacktあまり好きじゃないんだけどね。)
(「子どもの戯れ・・・」は、かなり周到な富野監督流の暗喩だと思うのですが、それを言葉にしたものかどうか、正直ためらっています。)

で、見た中で「なるほど!」と思ったところをご紹介。

ふるたこ徒然「『ZGIII』補足、Dybbukから解き放たれたカミーユと、呪われ続けるシャア」

―「まだ、貴方はかわれないから… さあ、目を閉じて」
―「まだ、私は離れないから… さあ、抱きしめて」
―「その祈りは叶わないから… さあ、手を伸ばして」

これがねぇ、ほんとにもうララァがシャアに言っているみたいじゃないか、と。あるいは、『Z』そのものだと考えれば、テーマとして「刻」があるなら、まさに、刻をこえてみせろってことだよな。


『Dybbuk』は「ものすごく納得できる」と断言しておられます。たしかにシャアはこのエンディングで闘いを卒業できずに『逆襲のシャア』へ向かう。なるほど。

「『Dybbuk』の歌詞って、そのまんまシャアなのだよ。あるいは20年前に歩んだ『Z』だったんだとも言える。」というその意見に、むいむい星人の寝言さんでは、「Love LetterとDybbukと」の中で富野さんの言葉を引用して賛同しておられます。「新作一辺倒では時代に流されてしまう」(富野)ってのは、「20年」という時代そのものも背負わなきゃならないという気持ちの表れなんでしょうかね。(見苦しいと言われながら旧作画を使い続けたりしたのも、あるいはそんな思いもあってのことなのかな。)

「Dybbuk」には確かにTV版Ζの持っていた雰囲気があります。ハッピーエンドな新訳の裏には、ハッピーエンドになれなかったTV版が確かにあるし、そして劇場版でも共通して描かれた数多の悲劇があるのです。それが「Dybbuk」のおかげで透けて見える。


そうなんですよね。あれは音楽の力を借りて、かなり意図的にラストをもう一度ひそかに暗転させてるんですよね。その暗転したことに対し、「そぐわない」という感想を言ってる人が多いので、「なんだ、みんな意外とハッピーエンド大好きなんじゃないか。」とか、実は思ったりもしています。

貴方がそれを言うのかぁ!(笑)

ア痛ッ!ルロイさん・・・・・・じゃなくてですね(笑)、「『Ζガンダム』という物語の登場人物たちと同じ迷いの中にいる」ことを、私は強く自覚してますよ。もう悩む悩む!
だって私にはカミーユみたいに洞察できないもの。むしろシャアみたいに、どうしたってさまざまな執着から離れられない。
「まだ、貴方はかわれないから… さあ、目を閉じて」だって?それは私のための歌じゃないか!!(笑)

・・・とか言ってたら、“覚醒”してるzsphereさんが来てくれましたね(笑)。
大丈夫ですよー。『ゼータガンダムエース』のインタビューで御大もガンダム卒業宣言めいたこと言ってますから。(いつものこと?)
しかし早く見に行ってもらって、ご助言をいただきたいなぁ。
まだご覧になってないのに、先入観入れまくりでごめんなさいね。遠慮すべきなのかもしれませんが、エマをかばってラーディッシュが沈み行く所のあたりをどうご覧になったか、ご覧になられたら是非お聞かせください。(私は変な風にあそこに隠喩があるように見てしまいました。その辺の肌合いこそが、この作品が、人々の圧倒的な共感を得られない面であるのかななどと思い悩んでおります。)
「男は愛するもののために、死んでみせるくらいしかできなかったり」ですか。うんうん、なるほど。・・・・・・!? カミーユは、何のために闘っていたんだ?(これは大きな問題だな・・・。)

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(もう、毎回の投稿でそれぞれまとまりをつけようという努力は放棄しつつあります。まさに迷いの渦の中。)
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無事公開されたので、ラスト10分に関する感想を…。ネタバレしていますのでご注意を。最後の戦闘が終わって、それがモニターを通してレツとキッカが見ているという素晴らしい構図になる。これはほんとに素晴らしい。絵が。これが映画なんだろうと思う。で、レツとキッカのこ
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