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『星の鼓動は愛』は女性に何故うける? 

[2006/03/08] | 新訳Ζ | トラックバック(1) | コメント(6) | TOP ▲

あちこち『星の鼓動は愛』の感想を読んでいると思うのですが、肯定的な意見の多くは、女性ファン(中には、テレビ版の物語などにはむしろ疎そうな方も少なくない)が書いている例が多いような気がします。男が褒めてるのは新作画のモビルスーツ戦ばっかりですよ(笑)。
劇場で見回しても、男女比は圧倒的に男が多かったと思うのに。おかしなことですよね。
男ってのは理屈がとにかく多いわけです。女性は感覚的ですよね。

まあオールドファンの立場で言うと、テレビ版のカミーユなんてのは、主人公ではあっても全然ヒーローじゃなくて、どっちかというと見下してやりたくなるようなキャラクターでした。女性ファンが「カミーユ可愛い!」とか言ってるのを見聞きすると、正直「馬鹿ジャネーノ」と思ってたもんです。
男が惚れる男ってのは、やっぱシャアでしたね。カリスマのあるヒーローですから。テレビ版でも既によく見りゃヘタレでしたが、第三部では見事にヘタレを演じ切りましたねー。第一部ではヒーロー復活かと思ったのに。でもそれは彼が退化したんじゃなくて、カミーユの成長に比べて相対的にヘタレたんですよね。

『ガンダム』『イデオン』『Ζガンダム』と夢中で見ていた中学生、高校生の頃、私は富野さんの大ファンだと自分で思っていたんですけど、今思ってみれば、その良さなんてほんの表面だけでしか分かっていなかったかもしれないなー、とつくづく思うんです。だから『星の鼓動は愛』を観て、やられたなぁって。

・・・男の『ガンダム』ファンのほとんどの人、胸に手を当てて考えてみれば、実はどうしようもなくモビルスーツとかのかっこよさが好きだ、という事実があったりしませんか?私はそうです。物語だ何だとか言いながら、かたわらではガンプラとかガンコレとかを買ってしまっては、喜んでいる自分がいる。
けどね、「モビルスーツが好きだぁ!」という目線は、これはやっぱり「子どもっぽさ」を引きずってるものなんだって強く自覚すべきなんじゃないかと思うんです。『星の鼓動は愛』という作品の感想をあちこち読み比べしているうちに、そういうことはもう少し、きちんと“後ろめたく”感じなきゃならないもののような気がしてきました。

戦記ものとして考えると、もともとテレビ版の時点から既に、1年「戦争」に比べてグリプス「紛争」レベルの小競り合いなのが『Ζガンダム』の物語なのですよね。そのスケール感は、劇場版ではさらに小さい。設定の背景を考えていけば本来は、そのほうがリアリティがあるんだと思います。ですが、派手な戦争劇を見たいのが男ってやつですよね。人の死を扱う戦争ものの話をしてるのに、ドンパチの規模が小さいことについつい不満を感じてしまったりする。こういうのも理屈じゃない感覚的趣味の領域なんで、もう少し後ろめたそうに言わなきゃ、世間に言葉を発するときの品性の問題だと思う。

けど、男ってやつはメカとか戦争とか、どうしてもかき立てられるものがある。だから、その辺の執着はやむないものとしても、もうひとつ上の目線からも洞察してあげなくては、大人のアニメ論になり得ない。
感情レベルのわだかまりにたいそうな理論武装をほどこして、何のために誰を攻撃してるのか分からないような非難を繰り返すのは、『Ζガンダム』という物語の登場人物たちと同じ迷いの中にいるような気がしてならないのです。

あのカミーユ。馬鹿だと思って見下してたカミーユが、今回の三部作の中で見事に成長したんでね、本当にびっくりですよ。理屈じゃなく感覚で洞察するやり方は、優れて女性的なものだな。(「女性が支配する時代が来る」ってセリフは残ってたんでしたよねー。)

禿オヤジめ、正直な話、「こっちもいつまでもガキじゃないんだ、もはやたいていあんたのネタは割れた!」かのように、いつしか見くびってた面が私にもあったようなのですが・・・。
ここまで考え込ませれるパンチ力が、まだあったなんて!(しかし、これは男としては、完全に少数意見かもしれないですね~)

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コメント

> 見ました

私はまあ、「普通によかったな」と。話もすっきりして解りやすいし、MS戦も「敵味方がはっきり判る」。
強いて文句を言うなら「ラストに出てきたロザミアって一体?」というのと、エンドロールのグワンバン&エンドラ級が「プラモ?」って言う質感だった事かな・・・。特にCGは「統一感」が大事だから、最後のアレはがっかり。
ヘンケン&エマのHappy、カツ&サラのHappy、そして何よりカミーユ&ファのHappy。

新訳ΖΖが観たくなった私は「贅沢者ですか?」「球形の心に抱かれて」と四部作で見たい!

でもこのタイトル(「球形の~」)って、妙に新訳Ζとなじむタイトルじゃありません?違和感ない様な・・・。

> 好きの重み

>どうしようもなくモビルスーツとかのかっこよさが好きだ、という事実があったりしませんか?

好きだからこそ葛藤があります。白兵戦をやる兵器なら、本来慣性重量が少なく身のこなしに優れているほうが合目的なのに、積極的な消費者は大砲や羽根などの飾りを好むという現実はいただけません。そういう人を僕は「ライトユーザー」と定義して好きになれないでいます。

>物語だ何だとか言いながら、かたわらではガンプラとか買ってしまっては、喜んでいる自分がいる。

僕は玩具であっても、開発に込めた真剣さを見極められるという自負があるので後ろめたさは感じません。ガンダムグッズは数あれども限界に挑んだ製品はさほどないことが、逆に残念です。

うちにあるガンダム関連商品は妥協の少ないもので統一しています。好きを極めればきっと後ろめたくなくなります。

>

そして、ガンダム作中のメカへの興味が薄れた途端、ものの見事にガンダムへの関心がなくなった私が来ましたよ(ぇ


おっしゃる事はわかりつつ、でも男って、バカやるか戦うくらいしかする事ないんだ。女は子ども生めるけど。

『月下の棋士』っていう、私の愛するマンガに、こんなセリフのやりとりがあって。

「氷室さんは将棋を愛していますか?」
「愛してるよ」
「将棋のためなら死ぬことができますか?」
「死ねるよ。男が愛するなんてそんなもんだ」

女は、愛するものとの間に、子どもという結晶を残すことができる。
けど、男は愛するもののために、死んでみせるくらいしかできなかったり。


だから、∀で、ディアナのために戦うハリーやコレンやロランが物凄くかっこよく描かれてたっていうのは、そういう事なんだと思ってます、私。
女性的な感性は大事。けど、男は戦うくらいしかできることがない。なら、何のためにどう戦うかが重要なんだって事なんじゃないかなぁ……。


まあ私は未だにZ三部見てないんですが。そのうち見ますけど。
的外れなこと書いてたらごめんなさいな。

>

女性に受けるのは人間同士が絡んでる描写が多いからじゃないですか?
他のガンダムに比べて独り言喋りながら一人で敵を次々と倒していくっていう描写が少ないですし。
そういう「絡み」の部分が多いのは新旧ゼータの特徴かと。そして女性は「絡み」を好む。男はどうしても単体を見ちゃうんですよね。

>感情レベルのわだかまりにたいそうな理論武装をほどこして、何のために誰を攻撃してるのか分からないような非難を繰り返すのは、『Ζガンダム』という物語の登場人物たちと同じ迷いの中にいるような気がしてならないのです。

貴方がそれを言うのかぁ!(笑)

>

●ブログ村のクリック張り替えた方がいいみたいですよ。左下のマイプロフィールから張りなおさないとポイント洩れがあるみたいです。多分、3月にお知らせメール来てるハズ。

> はっきりいって

Zは映画の方がよい。
テレビは観ていてイライラしていた。キャラはなに言ってるのかよくわからないし、メカ戦もビームの撃ち合いで迫力がなかった(ファーストやイデオンに魂を引かれたもののたわごと思ってください)。明らかに魂がこめられていない空虚さがそこにあった。
ダンバイン以降迷いの森に入ってしまった富野アニメであるが、ブレンを境にすごく深みのある作品に生まれ変わった。

今回のZだってそう。画はオリジナルのままでも精神は違う。今度はフィルムに魂が込められていると感じます。

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男と女のZGIII

 公開3週目の「劇場版 機動戦士Ζガンダム 第3部 星の鼓動は愛」。 国内興行ランキング:Movie@nifty(2006年3月18日~2006年3月19日)では残念ながら圏外落ちしてしまいました
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