森岡 正博『感じない男』(ちくま新書) 

[2005/08/20] | 雑記 | トラックバック(0) | コメント(0) | TOP ▲

唐突ですが、たまに書評など。(今日はなぜか頭が真面目モード)
ロリコンとか、制服萌えとか、ミニスカフェチとか、そういうことについて、たまにちょっと真面目に考えてみよう、と思ったら読むといいと思える本を読んだのでお勧めします。

この本、あちこちのレビューを読んでると、「パートナーと読むといい」とか書いてあったりするけど、私は全然そう思いません!正直、女性にはあまり読んで欲しくない本かもしれません。
ひとからよく「優しい」と言われるし、自分でも「実はまあ、そうかな?」と思っている・・・けれど心の奥底に、ひとには明かせない暗い闇(まあオタクなら堂々明かしてしまっているかもしれないが)を持っていて、そのために「本当は自分は汚い人間だ」と思えてしまえてならない。
・・・そういう男のひと限定で、「ゼヒ一度読んでみたらいいよ!!」とオススメしたい、そういう本です。

この本のいいところでもあり、実は足りない部分でもあるのが、著者自身の真実のありようを真剣に考察して、あまりにもそれだけを正直に書いているところ。・・・多くの男性は、実はソノ行為そのもので、それほど大きな悦びを得ているわけではない。それはたぶん事実なのだろうけれど、そんなの女性にとっては聞かされたって全然嬉しくない話だろう。「そんなことを言うなら、女だって相手を喜ばせたいと思って、感じている演技をどれだけしてると思ってるのよ!」とキレられても、反論のしようがない話ではないのだろうか。
・・・そうなのだけれど、実のところ、その女性の反撥に、既に重要な答えが含まれているようにも思われる。本当はたいして「感じない」と自覚してしまった男が、今後もその行為に意味を見出せるとすれば、いとおしく思える相手を、ただ悦ばせたい、という願いに帰結することがもっとも望ましい形ではなかろうか。(・・・理想論かなぁ・・・。)
もし仮に、相手に悦んでもらえることを悦びとしたいというその願いが相互のものであったなら、そこで得られる精神的な悦びは、物質的快楽を超えるものになり得る可能性を持てるかもしれない。語尾がどんどん自信なくボケていくところが、私も自分に正直なところだが・・・。なのに、あくまで自分に正直な筆者の記載は、そこにまでには及んでいないので、皮相的に読まれると「なんだ、感じてなかったのか」とガッカリして終わってしまいかねないと思えた。

「心の闇」の大半は、実はかなわないと分かっている妄想の中に、もしかしたら自分には未知の「感じること」があるのではないかという、根拠のない期待に根ざすものなのかなってのは、もしかしたら著者の考えじゃなくて、私がそう読んでしまったような気もする。でも少年時代に自分の男という「性」が穢れたものに思えてならず、誰にも相談もできず、歪んだ思いを抱いたまま生きてきてしまったことが、そういうことの一因であるかもしれないという指摘は、私も正直に言うと、はじめてこの領域で自己を肯定できるかもしれない可能性を感じさせてくれた。そういう意味でありがたい書でした。著者の自己現実への正直さのあまりなのか、「性」=「生」=「聖」の悦びに至れるかもしれない道筋を最後に示さずに終わっている点だけが、誰もにお勧めするには星一つ足りない一冊でした。

評価=★★★★

そんなこと言ったって相手がいないよ・・・?ははは、私もそうですのでご心配なく。(笑)
いやー、たまに自分が怖くなったりするじゃないですか。(え?私だけ?)そういうのに効く一冊、かな?
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