是とも非とも言い難い境目に打ち込まれた楔 

[2006/02/20] | 御大 | トラックバック(0) | コメント(1) | TOP ▲

『逆襲のシャア』ラストの感想をぜひ」と皆さんにリクエストしました。(41さんの「他の人はどう感じたのか聞いてみたいです」という謙虚な態度に学ぶべきものがあると思いまして。)
長文を含め、たくさんのコメントをありがとうございます。(メールでもいただいております。)一度にこれだけの「人の意思が集中する」とは(笑)!
この避難所も伊達じゃない?

言いだしっぺの41さんは「皆さん結構同じような捉え方」と感じたそうですが。
そうですね、「念動力の類でアクシズを浮上させるのは止めて欲しかった」というご感想については、"「なんじゃそら。」という感想を持った"というスカルさん、"話の前座から無理をしてるのですから、ラストはどんな展開でも良かったのでしょう"というゆうじさんなども、ご賛同のようですが、微妙な感じ方の違いが私には面白く感じられます。(35歳以上推奨の件については、もし未読でしたら、yasuakiさんのところの考察をご一読されるとよいと思います。)
"私はあまり反発は感じなかったのですが、それはたぶん私が、『ガンダム』より『イデオン』好きな人だからだったかもしれません。"というので私の感想は分かっていただけると思いますが、ご意見を求めておいて反論でもないでしょうから、ここは黙ってます。

"だって、ガンダムを終わらせるにはああするじゃないじゃないですかっ!"ルロイさん、御大になり代わっての心の叫び、ありがとうございます(笑)。
こういう監督の個人的な気持ちが大きな影響を及ぼしている作品だったことは否めない事実だと思いますね、うん。(それに呑まれてはいないほうだと思いますが。ΖやVと比べて。)
たびたびこのブログで紹介していますが、「シャア・アズナブルは富野監督の代弁者」というルロイさんの『逆襲のシャア』論には本当に大きな示唆をいただいております。
「地球に残っているもの達は、自分のことしか考えていない。だから抹殺すると宣言した」
この気分は大いによく分かってしまいます。

最終的に、アクシズの地球落下は、アムロの起こした奇跡によって止められる。結局ガンダムを終わらせることはできないからだ。富野監督はそれを理解していた。すでに富野監督の手で潰せるほど、ガンダムは小さいものではなかった。ガンダムを望む人の意思は、サイコフレームをオーバーロードさせるほど強く存在しているのである。しかしシャアは言う。「この暖かさを持った人間が地球さえ破壊するんだ」と。
ちなみに後に、ガンダムという大地には、Vガンダムというアクシズが落とされ、そこから∀ガンダムという世界が生まれるのだが、それは別項の話題である。


私の見方を付け加えれば、『F91』で奇跡を起こせなかったので、『Vガンダム』は落着してしまったと思います。しかしそれでさえ潰せないガンダムとは、やはり「伊達じゃない!」ものを持っていた。
ターンエーだって、時代を拓けるはずだーっ!!」(コレン・ナンダー)は、「伊達じゃない!!」の延長線上にあるセリフなのでしょうね、たぶん。

ラジヨさんは「僕もロマンに頼りすぎだとは思った」と評しつつも、「個人的にはウソでもリアルをかなぐり捨ててもアクシズが止まってよかったと、僕は思っています」というご感想。

ラジヨさんとは、その後少しメールのやり取りがありまして、

ラ:小説版「機動戦士ガンダムⅢ」ではアムロの死の際、彼の意思が爆散して、その空域にいた人間全てに届くといった描写がありました。それを8年後に持ち越して「逆襲のシャア」で投入したように思えます。
囚:なるほど。私もアクシズが押し戻されたことよりも、意思が伝播したことの方に感動しました。
ラ:シャアの地球破壊衝動を支えていたのは、歪んだ少年期と、母になってくれたかもしれない女性=ララァを失ったという二重の絶望でした。
囚:大きなことを言っていたシャアも、個人レベルの怨念で動いてしまっていた。→だからアクシズは押し戻された。・・・ということになるのでしょうか。そうなのかもしれません。
ラ:母性に飢えたまま少年期を過ごした人間の問題は、普遍的に人間全体につきまとってくると思うのです。
囚:ただ、それを言うのには『逆襲のシャア』映像内での描写は不足だとは思うのですよね。今、作品全体でその問題を表現している『ブレンパワード』を見ていると、強くそう感じます。「戦争論」のほうが「等身大の幸福論」より分かりやすく見えてしまうというのは、苦々しい現実ですね。
ラ:最初からゴールが「26本目」と決まっている『ブレン』と、実は続きを作りたくなかった『機動戦士ガンダム』の続編映画というのも大きな差かもしれません。

・・・といったような対話をしています。

私の中で結論は出ていません。是とも非とも言い難い境目に打ち込まれた楔です。」とおっしゃるzsphereさん。その感想こそは誠実なものだと思います。
クェスの件は、言われることはいちいち分かるのですが、では「等身大の幸福論」の限界こそが、監督が最後の最後に言いたかったことになるのでしょうか?それでは"ガンダムを終わらせる"ために、戦争論への"ガンダムの敗北宣言"で締めたということに理解されます。アクシズの落着回避とクェスの惨めな死を救えなかったこととの間にあるのは、やはり富野さんの混乱なのではないかと私には思えてなりません。「それはプロの仕事ではない」と、今の富野さんなら言うと思うのですよ。

責任を持つってことは、自分の手に余る時にははっきりと「ここまでは手が回らない」と言う事まで含まれると思う。


余談ですが、実は私も個人的事情で、こういう現実問題を抱えて切羽詰っています。なかなか切実に、普遍的問題であります…。

このブログにご意見を寄せてくださる方だけでも、実にいろいろな見方があるな、と私は感心しました。一点の非の打ちどころもない作品なんてあり得ないと私は思っています。長所があり短所があって、その上でいい作品なのか、ダメな作品なのか、それは時代の変化によっても評価は変わっていくものだろうと。
ファーストガンダムからの物語を完結させようと目論んだ『逆襲のシャア』は、欠点もあったと思いますが、完成度の高い作品だったと思います。それだけに『新訳Ζ』最終章を迎えようとしている今、対照して考えるのにふさわしい、多くの問題をはらんでいるのではないかと思いました。

まだまだ話し足りないよという方、このブログは世間の時間軸から外れたところにあるようなので(苦笑)、たぶん永久にご意見は募集中です。ばんばん「本命を叩き込んで」やってください。(笑)

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それから、『逆襲のシャア』の話がここまで続くと思っていなかったので、ブログ内でのカテゴリーとして立てようかと迷いましたが、左サイドバーの中にある「ブログ内を検索」に「逆襲のシャア」と入力してクリックしてもらえば、案外カテゴリー分けするよりもいい結果が出るような気がします。(こんな感じです。)よろしければ試してみてください。(初期の方の記事は読み返すと恥ずかしいのですがね。)
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コメント

> パンツを脱いだ人

富野さんはそう言われていたそうです。自ら「僕はわがままで見栄坊」と宣言する人は少ないですが、その通りに動く人はさらに稀なようです。ですからそれを、異常だと思う人と愉快だと思う人が分裂するのも当然なのかなあと考えています。

追伸:トラックバックのやり方がわかりませんでした。「シャアの話」という記事を書いたので貼り付けておきますね。http://plaza.rakuten.co.jp/radiyo/

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