『逆襲のシャア』ラストの感想をぜひ 

[2006/02/18] | 御大 | トラックバック(0) | コメント(5) | TOP ▲

相手に対する代案はないにも拘らず 
立場的にも個人的にもシャアの行動を止めるしかなかったアムロ 
辛いだろうなと思いながら観ました
シャアの個と公の立場の矛盾も面白かったし

それだけに念動力の類でアクシズを浮上させるのは止めて欲しかった

あれが人の心の共鳴だとかニュータイプ能力だとか言われても大技すぎて私には納得できないのです

その辺りは他の人はどう感じたのか聞いてみたいです


今どき珍しいと言われながら、(笑)『逆襲のシャア』についての対話を続けていますが、個人的には『新訳』最終章待ちの今、こういう話をしてるのも悪くない流れのように思ってます。
上記は41さんから頂いたコメントですが、私も率直に皆さんのご感想が聴きたくなりました。
私はあまり反発は感じなかったのですが、それはたぶん私が、『ガンダム』より『イデオン』好きな人だからだったかもしれません。

念動力の類でアクシズの落下を防いだのは僕もロマンに頼りすぎだとは思ったのですが、最後に出てきた、自分で動くことのできないおばあさんや産声を上げたばかりの赤ちゃんまでが核の冬で死ぬ映画だったらもっとイヤな作品になったと思います。個人的にはウソでもリアルをかなぐり捨ててもアクシズが止まってよかったと、僕は思っています。


既にラジヨさんからは、こういう見方を聴かせていただきました。やはり人によって見方はいろいろなのだなぁということで、このまま流れていっても惜しいので、もっと皆さんのご意見ご感想を募集したいと思います。(当時の思いでも、今の考えでも。)

ぜひコメントをお寄せください。よろしくお願いします。

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コメント

> 私は

どっちかって言うと「ハードSF好き」なので、落着回避なら落着回避でもいいけど「それなりの理屈」が欲しかったのは確か。Ζの発動、エンジェルハイロゥ、これらではすべて「なんじゃそら。」という感想を持ったのは確かです。F91では歯切れの悪いエンディングを見、「富野ガンダム」で納得できるエンディングだったのは「めぐりあい宇宙」と「∀」だけだった気がします。

Ζ、CCA、Vは「前振りが下手」だというのが私の感想。

>

だって、ガンダムを終わらせるにはああするじゃないじゃないですかっ!

>

 個人的事情で切羽詰ってるので(苦笑)、できるだけ手短に。

 ちょっと話さかのぼって、アムロはクェスを救えなかった、という件。
 しょうがないんじゃないかなぁ、というのが私の感想。だって、自分を取り囲む人間関係に真摯であろうとすれば、誰も彼も救えるはずないもの、と以前小説の登場人物にも言わせたけれど。アムロにはチェーンがいて、ブライトとハサウェイとの関係もあって、ケーラやアストナージとの人間関係もあった。立場上一般兵ともあったでしょう。その上、クェスまで救えると言ったら、その方が嘘にならないか。
 責任を持つってことは、自分の手に余る時にははっきりと「ここまでは手が回らない」と言う事まで含まれると思う。アムロはそれができていた。
 シャアはZガンダムの頃からそれが出来てなかったと思うんです。カツを任されて一言、「父親代わりは心がはずむ」(笑)。
 クェスについてはそんなコメント。

 シャアの言うことに対して、アムロが対案を示せてないというのは本当だと思います。「ならば今すぐ、愚民ども全てに英知をさずけてみせろ!」というシャアの言葉に、アムロは真っ向から反論できてない。
 だからせめて、落ち行くアクシズを身を挺して支えようとしたのか。
 あの奇跡は、どう考えていいのか難しいなぁと思います。Zのハイパー化は私は好きなんですが(笑)。リアリズムを積み上げて積み上げて、ラストで壊してカタルシス。上手いよなぁって。
 アクシズ押し戻しは、正宗白鳥風に言えば「あんなのは芸術上の遊びごと」ではある。実際にはあんな奇跡おきずに、アクシズは地球へ落下したというのが本当だろう。けど、小説なんて書いてると、人の思いの力で現実を何とかしたいっていう欲求もわかるんですよねぇ。
 その後『ガンダムF90』などの外伝で、「俺もあの時ガンダムと一緒にアクシズ押したんだぜー」って言い出す奴らがあちこちで出てきて苦笑したり(笑)。
 一方で宇宙世紀的には、事実あの「人の心の光」が出てから、少なくとも二、三十年は大きな戦乱なく平和だったりもする。

 私の中で結論は出ていません。是とも非とも言い難い境目に打ち込まれた楔です。

>

「逆襲のシャア」は商業ベースが大前提なので(TV版先行ではなく、劇場公開映画なので)、話の筋からムチャクチャだろ、というのが初めて見た時の私の感想でした。
 そもそも、アムロじゃないが「なんで俺たちとともに戦ってきた男が」、というシャアの豹変振り。そして、あれほどZで悲劇をもたらした「強化人間」をよりによってシャアが戦争の道具に使っている点、地球環境の汚染を誰よりも嫌っていたシャアが「隕石落とし」の実行。
何から何までむかつく設定で、見終わった時は「何だ、この不愉快さは・・・」ジェリドのようなセリフを吐いたのを思い出します。
まあ、話の前座から無理をしてるのですから、ラストはどんな展開でも良かったのでしょう。隕石落としの結果なんてどうでもよく、二人の結末だけに神経が集中してましたね。ただ、アムロとシャアの口論は彼らでないと語れない重みを感じました。
お互いを認め合い、信頼しているから、本音をぶつけ合うことができた、富野監督が劇場公開直前のTV番組で「この作品は30代以上の世代にぜひ見て欲しい」と語ったことが最近になってようやく解りましたね。建て前と本音を使い分け、本心を打ち明けない人が蔓延する中、彼らの生き方が羨ましく思えました。

> 皆さん結構同じような

捉え方をしてるんですね
てっきり「お前の見方はなってない」
とか言われるかと(笑)

今見るとまた違う見え方があるかもしれないので見直してみますかね
春のΖを見た後にでも・・・

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