THEビッグオー感想への追記 

[2006/01/23] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(3) | TOP ▲

「趣味か!?」と言えば、『∀ガンダム』の名セリフですが、この作品が作られたのも1999~2000年というわけで、しかしそのことは一応余談です。
(毎度コメントへのレスが長文になるきらいがあるので、長くなりそうなときは、いっそ開き直って本文で書くことにしましたので、ご了解ください。)

…ただ、ちゃんと見た方で『THEビッグオー』より『ガンダムSEED』だって言う方がおられると、ビッグオーが良かったのも趣味的な部分に留まってしまうのかな、と残念な気がします。でもSEEDは"ガンダム"というブランド名を冠しているだけで、はじめからずいぶん高下駄を履いていますからネェ…。過去の名作からの「パクリorオマージュ」といった問題にしても、どう見てもビッグオーのほうがハイレベルな議論ができてしまうのは事実だと思います。過去の名作のどの部分を見てきたか、という言い方をすれば、たとえビッグオーが趣味的に見ていたという誹りを免れ得なかったとしても、SEEDのほうは経済的に成功した部分をあまりに参照しすぎていて、これはさすがに不快と言わねばなりません。ですが思い直してみれば「趣味はガンダム」となれば、これは趣味の違いとして、そういう在りようも正しいと思います。してみれば、いつのまにか(はじめから?)私は、「趣味はアニメ」であったのかもしれないと再確認されます。
「エヴァの次」という歴史的位置づけは、確かに考える必要があるような気がしますね。1st Seasonは数年間の構想を経て制作されたと言われていますが、1995年のエヴァ以後であることは間違いない。
不本意ながらとはいえ始末に終えなくなった結末を、「謎、謎、謎…」で終えてもいいんだと思えたというのは、エヴァの悪影響だと言ってもいいかもしれませんね。(少なくとも第13話に関して)

日本の特撮とアニメが築き上げてきたものの集大成になるようなもの、一つの水準を示すような作品ができるかもしれないという期待を持ちながら、私はこの作品を観てきました。


私のこの期待が、普通に過剰なものだったとは反省されるのです。ひっくり返るほどではなかったけど、確かに一つの水準の高さは見せてもらえた、と素直に喜ぶという考え方は当然できます。しかし私はもう少し、エヴァ以後の作品を数多く見なければならないなぁと反省も。(とりあえずはやはり『ブレンパワード』?)
2nd Seasonは、レンタルでは今のところ見れないのですが、これを観る為にパソコンを買い換えるのも何だか…。(一時はそのぐらいの思い入れを持って見ていたのですが。)レンタルで借りれるようになるのが早いか、私の貧しいPC環境が改善されるのが早いか(笑)、まあマイペースで機会を待つことにします。
バルタザールさん、はじめまして。ようこそ囚人さんの避難所へいらっしゃいました。初見の方には「えぇー?」な話かもしれませんが、このブログの管理人は生意気なことを書いているわりに、久しくアニメファンを退役していたロートル(美称"生きている黒歴史")でありまして、お手柔らかにお願い致します。
設定のツメの甘さというのは、これだけよく考えられた作品なのに、本当に「どうして?」というのはありますね。私は設定へのツッコミは懲り懲りなので、あまり言いたくありませんが、1st Seasonの中でさえ、何だかなぁ…と思う部分はありました。(ドイツ語は分かるのにフランス語は分からないの?とか…。)私としては、それはそれでいいのですよ。というか、隙間を全部埋めてなど欲しくはないほうに賛成です。
2nd Seasonにはスポンサーサイドからそんな圧力があったのですか。それはクリエイターにとってさらに可哀想な状況でしたねぇ。

時間か。世界観のための取材、情報(まさにメモリーです)か。情熱か。覚悟か。


上手いことをおっしゃいます!
私はまだ1st Seasonしか見ていない立場ですが、この人たちの知識とセンスは素晴らしいと、その点にはシャッポを脱ぎました。(趣味が合うだけではないのか、という疑問符は自分に留保しておかねばならないと自戒しておりますけれど。また趣味の合わない部分も引き続きありますけれど。)その意味で言えば、まさに「覚悟」ですね。

画面の向こうにいるあらゆる人に向けた「表現」ということの意味


というのは、クリエイターとしての覚悟というものでしょう。
前述したとおり、私はどうやら過大な期待を持ってこの作品を見てきてしまいましたので、2nd Seasonを見る機会がありましたら、もう少し平たい目線で見てあげたいと思います。
私もオッサンでありまして、考えて見ますと、かつて少年期にはじめて『機動戦士ガンダム』を見た頃の富野さんと同じ世代になってしまっております。こういう世代のハンディというものはあると思いますが、逆に特権として、クリエイターたちもあまり年の変わらない同時代を生きる人間というふうに見守ることができるようにも思います。
だから『THEビッグオー』というこの作品にあまり固執することなく、良いセンスを持ったクリエイターとして、次の作品をこそ期待したいと思うのですが、どうでしょうかね。
コミックですか?過大な期待から解放されましたから、今度は気楽に見れるかもしれないですね…。またブックオフで探してみます。(いい大人のクセに貧乏くさい!)

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コメント

> TV放送以外の発達

エヴァやビッグオーが「やりっぱなし」でも社会的に許された背景には
TV放送「以外」のメディアの発達があると思います。ヤマトもガンダム
も当初の予定通りにいかず打ち切りになったTV作品ですが、あの時
代はTV放送の中でオチがつかないということが許されませんでした。
しかし富野氏ですらTV外メディアが発達してからは「F91では最初の
エピソードを映画でやって、後はTVで補完しようと企んでいた」くらい
ですから、それにくらべればビッグオーの13話なんてかわいいもの
だと思っています。

問題はむしろ、あれだけの作品がWOWOWで無料放送枠だったにも
関わらず評価規模が小さすぎ、スポンサーが出資を打ち切って完結
できなかったという現実だと思います。視聴者も資本家も、非常に近い
未来のことしか考えず作業の質の高さに目が向けられていない・・・。
たった10年程度の未来しか考えられない僕の目から見ても、
「これは必ず評価される」と感じ取れるエヴァとビッグオーの質を読み
取れない、「お金を出す人」のビジョンの貧弱さには失望を感じています。
エヴァもビッグも共に、僕の感性でいえば「読み書きする能力が欠落
した大人」の犠牲者なのです。

>

取り上げていただき、ありがとうございます。

正直、もったいないなあ、と思うんです。
多分僕も同じくらいの世代ですが、囚人さん以上にふまじめな(元)アニメ視聴者です。そういう奴にも面白いと感じられたこの作品、顧客開拓にはもってこいだったと思うんですね。
例えば洋酒メーカー辺りがスポンサーについて、劇中に登場する酒なんぞを商品展開でもしたら、ホイホイ購入したでしょうから。
「ベック愛飲のケンタッキーウイスキー」をチョとオリジナルラベルで出すとかね。「ケンタッキー」がパラダイム市民のメモリーに残ってるかどうかはひとまず置くとして!

マジンガーやウルトラマンに育てられた世代はもう充分大人です。リピーターとしての裾野を広げる意味でも、ああいう作品ジャンルの潜在価値は大きいと思います。素晴らしい作品世界で遊ぶ事が出来るなら、僕はいくらでもマーチャンダイズの波に乗る用意ができてます。「趣味の持ち主」達が充分確保できれば、通用させる機会はきっとある筈です。

いや、仮に自動車メーカーが参入したからといって、グリフォンのレプリカを乗り回す、と言う訳には行きませんけどね。


これからも時々伺います。今後ともよろしくお願いします。

> 大人のアニメ談義

・・・ができていたら、嬉しいです。
世の中なっちゃいませんが、すでに私たちはそれを大人たちのせいにして、怒っていればすむ世代ではなくなってしまいました。
ラジヨさんは厳しい視点を持ちながらも、前向きな希望を失わない姿勢を保っておられるので、いつも励まされます。
例によって続きは下記にて。↓
http://zmock022.blog19.fc2.com/blog-entry-163.html

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