アニメだからこそできることって? 

[2006/01/22] | ブログ日記 | トラックバック(0) | コメント(1) | TOP ▲

例えば東京で味をしめた「ガンダム展」が地方ドサ廻りにまでなるらしいと聞いたりすると、また改めてその意味を考えてしまったりする。私というのは、そういうことがどうしようもなく気になる人間なのですが、「アニメだからこそできること、アニメじゃなきゃできないこと」・・・という前回の問いかけは、あまりに言いっぱなしすぎて皆さんには思ってることが伝わらなかったかも知れないですね。
表現したいものを表現するためのメディアとして、実写や特撮CGより優れた点がアニメにはあるのではないか、その特性はどういうことなのかと言ったつもりだったのですが、やはり言っている本人の中でさえ消化不良な投げかけでしたね・・・。写真と絵画の違いというのは、比較の着目点としては悪くないかと思ったのですが。
「アニメだけを特別扱い」と言いますか、これだけ社会に影響力を持ったメディアだというのに、アニメやコミックだけが"カルチャー"ではなく一ランク下の"サブカルチャー"呼ばわりされねばならない状況は、果たして正当なものなのかどうかという、素朴な疑問なのですよ。
といって、それをカルチャーとして祭り上げるのも違う、というのが「芸能」について書いていることでもあるのですが、素人の哀しさでなかなか考えとしてまとまらないのはご覧いただいているとおりです。
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コメント

> 生理的なもの

役者さんが「スター」として活躍していた時代を肌で味わっている人
から見れば、アニメというのは「ぬりえ」であるという時点で生理的に
受けつけられないものだと思うのです。日本の経済や政治の中心部を
担っている人々のほとんどは「アニメはぬりえに見えるからダメ」な人
だと思うのです。僕が「アニメはOKだけどポリゴン(3DCG)の女の子
はダメ」というのと同じ感覚だと思います。逆に下の世代になると「ポリ
ゴンの女じゃないと欲情しない」という人も出てくる始末ですから、生理
的感覚による「ふるい」の効果はよほど大きな転換をもたらす、すごい
何かが訪れないと拭えないと考えています。

 かつて「朝日新聞」の「天声人語」にナウシカの漫画の完結に対する
文章が掲載されたとき、うちの父が「漫画でありながらここに載るほど
のものなのか」と驚いていましたが、そういうショックがもう1~2発、ま
た出れば変わると思っています。たぶん、そう遠くはないでしょう。

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